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マイケル・ライトマン
真正なカバラの教えを世界中に提供しているブネイ・バルーフ カバラ教育研究所の創設者及び所長。存在論の教授。哲学及びカバラ博士号取得者。メディカル・バイオ・サイバネティックス修士号取得者。三人の子供の父親そして三人の孫の祖父。

「Q&A」

あなた自身ではなく、あなたの友達を信頼しなさい

質問:「あなたが死ぬその日まであなた自身を信頼するな」と書かれています。それなら、もし私が私自身あるいは友達を信頼できないなら、アルヴット(相互保証)の意味とは何ですか?

答え:当然私は私自身を信頼できません。しかしこれは友達について言及しているのではありません。
グループとは単にレッスンに来た人々の集まりではありません。
グループとは彼らの魂と魂の内なる和合・統一です。クリエーターは魂たちが住む「無限の世界」と呼ばれる欲求(喜びを受け取る意志、すなわちクリ)を創造しました。
これらの魂たちはお互いに結合し、無限の光で満たされている1つの集合したシステム、すなわち1つの魂の状態にあります。
しかしこのシステムは、それを隠すスクリーン、すなわちフィルターによってあなたから遮断されています。
このシステムはフィルターを通じることで幾分堕落した又は壊れたようにあなたに映ります。
その内側は完全で無限の光によって満たされていますが、現在あなたはそれを歪んだものとして見ています。
さらに進んで、その次のフィルターの後ろでは、あなたにとってそれがさらにいっそう堕落しているように見えます。
第一状態、すなわち無限の世界から、最終状態、すなわち私達の物質世界まで、全部で125個のそのような段階あるいはフィルター、すなわち無限の状態を隠すものが存在します。
したがって、あなたはグループをあなたの物質的な視覚で見て考えます、「そもそも彼らは誰なんだ? 私は彼らより低くない! 彼らは本当に統合しているのか? いや、彼らは統合していない。
彼らは本当に統合することを望んでいるのか? いや、彼らはそれを望んでない。
彼らは本当に何かを理解しているのか? ラビ・シモンのグループを私にくれ。
そこでなら私は彼らの腕の中の赤ちゃんになることに同意するだろう!
そしてこれらの・・・ 彼らは私にとって誰なんだ?」
しかしこれは間違いです。
すべては友達に対するあなたの態度によって決定されます。
もし人が彼らを「貫通」し、つながりたいと思うなら、隠れた状態にあり、参加していて理解するこれらの物質的な身体とではなく、むしろ彼らを完全な結合状態で無限の中に住むグループとして扱うなら、仕事は終わりです:彼はこの完全な状態に接着します。
なので、ラビ・ヨスィ・ベン・キスマは彼のビギナーの弟子たちなしでは居ることができなかったのです。
彼らは小さな段階でいくらかスピリチュアリティを求めていたのでしょうか?
彼らを通して彼が、彼ら自身がそのことに気付いていないにもかかわらず、彼らが1つの心を持つ1人の人間のように、皆1つになっている場所であるスピリチュアルな状態に入るのにそれで十分でした。
これは環境、すなわちグループと呼ばれます。
しかしながら、私自身は、私が私自身を想像できる場所の中に住んでいます。
そして、私は私自身を、何でも受け取ることができる理想的で完全な環境に照らし合わせて想像します。
そして唯一それを通じて私は力を獲得します。
したがって、グループとは身体的な人々の集まりではなく、むしろ私の内なるスピリチュアルな特質なのです。

病気とは我々とクリエーターとの違いの表現

生徒からの質問:インフルエンザ(あるいはどんな病気でも)に掛って半分死んでいるように感じている間、集まった友達に「元気?」「気分はどう?」と聞かれたら、どのように答えるべきでしょうか? 
脱力感を覚えるとき、友達の気分を沈ませないようグループを避けるほうがよいでしょうか?
私は全成人期を通じて不健康に悩んできました。
また他にも私のように、単にエゴに原因があると伝えられるだけではなく、もう少し深く健康問題について本当に理解する必要のある人はいるはずです。
なぜなら、ほとんどの人が、あらゆる種類のより具体的だが相容れないアドバイスを、スピリチュアル的に、心理的に、医学的に与えられたことがおそらくあるからです。
私はブネイ・バルーフと一緒に学んで現在で二年間になります。
もしブネイ・バルーフにより多くのレメディー(治療・療法)または原因についての記事があったなら、ブネイ・バルーフは慢性疾患に悩む人々をターゲットにして売り込むことができると思います。

私の答え:たった一つの答えしかありません。これは我々とクリエーターとの違いから生じています。
人の是正のレベルによって特定の違いが明らかになります。なぜなら是正は、次の是正だけでなくクリエーターと違っているという感覚も含むためです。
病気として現れる、あなたとクリエーターとの違いを、友達の前で見せびらかす必要はありません。
しかし、あなたに代わってクリエーターに是正と癒やしを求めるために、友達はそれらのことを知らなくてはなりません。
なぜ人とクリエーターとの違いの現れ方が異なる人によって違うのでしょうか? 
なぜ一人はこれを病気の形で外面的に経験し、もう一人は個人的な問題あるいは他の現れの形として経験するのでしょうか? 
あなたがあなた自身を是正するにしたがい、この全ての答えをあなたは見つけるでしょう。
手短に言えば、あなた自身に取り掛かりなさい!

健康はスピリチュアルな必要物

偉大な思想家であり医者であったラムバム(マイモニデス、12世紀の著名なユダヤ人哲学者)はいくつかの仮定を設定しました。
その一つが「健康的に生活することはスピリチュアルな必要物である」というものです。
これについて説明して頂けますか?

答え:私達の健康とは、人間と自然の間の全体的均衡の条件の一つです。
またその人自身とクリエイターへの固着のバランスの条件の一つでもあります。
そのような訳でメンタル、モラル、フィジカル、エシカル(倫理的)、スピリチュアル、サイコロジカルの全てのレベルでのバランスは、皆一つのことであり、同じ完全な均衡のシステムなのです。
人は未来においては、世界全体とともに完全な是正に至り、あらゆる側面からポジティブ・フィードバックのみを受け取り、総体のバランスによって、絶対的な健康にいたることに疑いはありません。
私達は永遠、無限、永遠の命について話すことができますが、これらすべては今のところ私達のことではありません。
私達は人間の中に起こりうるこれらすべての美しい変化をまだ理解しません。
なぜなら現在の私達が抱いている観念は、この物質的肉体は永遠に存在することはできない、というものだからです。
しかしポイントはそこではありません。
事実は、人間が全体システムの中に包含されるときにのみ、それは可能だということです。
その時世界の全ての人々は正しくつながり、相互に補い合い、誰もの健康が、他の皆の是正された健康によって決定されるようにお互いをバランスさせるでしょう。

質問:ラムバムが、肉体の健康がスピリチュアルな必要物であると言うとき、「スピリチュアル」という言葉で何を意味しているのでしょうか?

答え:スピリチュアルという言葉は、人の未来のスピリチュアルな状態を意味しています。
人が自分の動物部分の上に昇り、自分のスピリチュアルな部分を健康にし始める時のことです。
その時点では、この部分のことはカバリスト以外によっては誰にも感じられません。
全ての人が一種の内的な潜在的な胎芽を持っています。
それは小さな子供でも未来の可能性としては自分の未来の子供が組み込まれていることに似ています。
つまりある人のスピリチュアルな部分はまだどのようにも顕現していない状態です。

インテグラル養育(しつけ), スピリチュアリティ, 健康

何が人をビナーの状態(ハフェツ・ヘセド)から外へ押し出すのですか?

答え:私達は決してビナー、ハフェツ・ヘセドの状態から去りません。ただそれに加えるだけです。
スピリチュアリティにおいては、私達はある状態を失うことはなく、いつも梯子をより高く昇ります。
もし私がハフェツ・ヘセド、つまり「授与のための授与」の状態に留まるなら、私は「自分自身のために受け取る」意図に落ちることになるでしょう。
「授与のための授与」は私がいるべき最低限のレベルです。
私は「授与のための授与」の無限の状態への願望をより増やし厚く(アヴィユート)して、その上に「ハフェツ・ヘセド」のより高い状態を築き上げます。
私はこのハフェツ・ヘセドの状態に追加の授与を着せ始めます。
その中では私は何も必要とせず、私は森の中で、シャツ一枚すらなくとも何の心配もなく暮らし、幸せです。
ハフェツ・ヘセドの状態では、私はどのようなやり方でも授与しません、これは「授与のための授与」と呼ばれますが、私は授与するものを何ももっていないのです、それはまるで私が、自分のエゴを諦めることで、自分自身を授与する者と見なすかのようです。
それは母親が子供に「お願いだから、静かにして」と言って、騒ぎを止めるようなものです。
子供は何も役に立つものは生み出していませんし、他者に何も与えていません。彼はただ静かになっただけです。しかしこれは子供が母親を手助けしたことを意味します。
これがハフェツ・ヘセドの状態です。
それは私がエゴイズムと戯れることを止めることを意味します。
私はそれを欲せず、完全に裸のままで、全く自分自身を母親にゆだねて、彼女が言うことを全て聞くことを欲します。
私は、母親が私に期待するところの何も良いことはしませんが、彼女が願う通り、悪いことは既に止めています。これが「授与のための授与」と呼ばれます。
全体として見れば、私は母親に「ヴァーチャルな」喜び以外何も与えていません。
私は騒いだり、物を壊したり、叫んだり、いたずらをしたりすることを止めましたが、それだけです。
これは私がハフェツ・ヘセドの状態に到達したことを意味します。
これはエイン・ソフ(無限)に到るまでの最低限の願望の厚みの上でのみ可能です。
しかしこの上では、私は既に授与のため受け取りを始めています。
母親が欲することを何かします。
家事を手伝ったりします。これは既に授与のための授与の上にいることで、これが本当の授与です。

エゴイズム,

質問:ヨーロッパにおける統一の力は、私達が来(きた)るアメリカのコンベンションで次のレベルに到達するために、どのような助けになるでしょうか?

答え:ヨーロッパとアメリカは互いに強く影響し合っています。
しかし実際アメリカの危機はより小さく感じられます。
アメリカには政府は一つ、力も一つ、誰かと交渉する必要はありません。
彼らは欲することを何でもでき、実際そうしています。
彼らはさらに1兆ドル刷ることを決めて、実際印刷しました。印刷機は回転し続けています。
ヨーロッパでは事態はより難しいものです。
なぜなら全ての国々の協調が必要とされるからです。
そういうわけでヨーロッパでは危機はより大きく感じられます。
もしヨーロッパが統一してたなら、この危機も容易に処理できたことだと思います。
まず、この場合、EU市民がエゴイズムを越えて統一しているため、この危機は速やかに鎮まっていたことでしょう。
一般的に言って、ヨーロッパは今日のバビロンです。
しかし加えて、彼らはたった一つの解決法を採用し始めて、アメリカ人たちのように同じことができたかもしれません。
危機の全体が拡がったのはただヨーロッパが分割されているからです。
ベルギーのブリュッセル(EU拠点)から、ヨーロッパの一部が他のヨーロッパの部分に指示を出しますが、他の部分はこれを望みません。
キプロスのニコシア(首都)では、議会が彼らの意思決定を受け入れることを拒絶しています。
これはどんな種類の結合でしょうか? 
彼らは真に統一するか、または分解しなければならなくなるでしょう。
アメリカの状況は、彼らが単純に「我々には危機はない」と決心している観点で言えば、よりよいものです。
彼らはこのように決めつけ、何事も起こらなかったかのように生活しています。
しかし、もちろん後には全てが「崩壊」するでしょう。

コンベンション, ユニティ, 危機, 政治

質問:私たちの尽力の量と質は、友達の妬み(嫉妬・羨望)によって決まると言えますか?

答え:はい、そうです。それはあなたの妬みによっても決まります。
それ(ピルケイ・アヴォット 4:21)は「妬み、渇望、名誉は人をこの世の外へ連れていく」と伝えます。
私たちは、これらの性質の非常に良い点とは何か、人間の形態を失うことよりも悪くて避難されるべきことがあろうかと自問するかもしれません。
妬む人は、他者を傷つけ、また、他者にひどい仕打ちをして滅ぼすことを楽しむことがあります。
要するに、私たちは否定的な性質について話しています。
しかし実際は、それらが人をこの世から上層世界へと連れていってくれるものなのです。
結局のところ、それらが本当のエゴを私に示してくれるのです。
もし私が、妬み、渇望、そして尊敬されたいという欲求を感じないなら、どうやって私はそれ以外の方法で他者とのつながりを築くことができるでしょうか?
もし私にそのような性質がないとするなら、私には何も必要なくなります。
私は郊外のどこかに住み、自分の基本的生活必需品をそろえるためにたまに買い物やお使いに行って家に帰るといった生活ができます。
しかし、突然、私はこの平穏な生活の中で自分が他者に嫉妬していることを知ります。
彼らの持っているのと同じものを獲得したい、そして、彼らよりも上位者に思われるためにさらにもっと多くのことを達成したいと思います。
そして私は都会に住むために引越し「職業生活」のスタートを切るのです・・・。
自分自身の悪い性質を明らかにすることなしに前進することは不可能です。
私たちはただそれらが「反する手助け」であると理解すべきです。
私たちはそれらが現れるのを妨げるべきではなく、むしろ許すべきなのです。「私は悪の啓示に満足している」とバール・ハスラムが言うように。

質問:どうすれば友達が妬ましいと感じることと、自分ではなく友達のために要求することを両立できますか?

答え:友達を妬むことは自分の前進を促すものです。
しかし、何に向かって前進するのでしょうか?
“授与・与えること”に向かって前進するのです。
私は[この世における]物質的なレベルで彼らよりも大きな業績に達するつもりではありません。
私はスピリチュアルなレベルで成功したいのです。
スピリチュアリティのなかでの成功とは、どれくらい自分の「自己」を無にするかによって決まります。
前進したい時に私は妬みと渇望と尊敬されたいという欲求によって友達から受け取ったすべてを組織化します。
そしてその後で、私はスピリチュアルな前進が、実際は私自身を越えることであると理解し始めます。
したがって、私は上昇したいという欲求を友達から受け取ります。
しかし私はそれを正しく解釈しません:上昇することとは、私自身の上に上がり、友達と一体化することを意味します。
したがって、グループとは「反する手助け」なのです。グループは私の中にネガティブな覚醒(目覚め・気づき)を呼び起こします。
そして私はいつか友達とのつながりに回帰するために、それをポジティブに変化させるのです。
ここで私は再び問題を抱えます。
欲求が再び大きくなるのです。
そしてこの全プロセスが繰り返されます・・・。

質問:どのように妬み、渇望、そして名誉に対する欲求を正しい方向に向けることができますか?  
結局のところ、正しい目標を目指すことにおいて自分自身を正当化することはとても簡単であり、最終的に途中で暗闇と歪曲に陥ります。どうすれば先生とグループと書物に加えて、正しい方向に向かわせる内面の境界を作り上げることができますか?

答え:あなたは友達の目の前で自分自身を無にしなくてはなりません。
その結果、あなたは妬み、渇望、そして尊敬に対する欲求を自分の内部に呼び起こします。
あなたは目を開き、物事を調査し出し、それらをただ継続させることをしなくなります。
さもなければ、いつの間にか[この世における]物質的な妬み、渇望、そして尊敬に対する欲求に陥ります。
違う存在でありたい、友達より上に上がりたいと思うのです。
しかし、グループはあなたをこうしたことに陥らせないように作られています。
どんな場合でもあなたは変わります。なぜならグループ内の雰囲気は特別であり、人々が内なる探求に取り組んでいるからです。
したがって、友達に対するあなたの態度が徐々により正しい形態を帯びるようになります。
したがって、グループ内の新しい友達でさえ正しい方向を受け取り、通常の自分に向けられた利益ではなく、真実を熱望します。

質問:しかし、友達の各自には前進するための最適な条件が与えられています。よって妬むものなどありえないのでは?

答え:私は自分の中に彼らを含ませたいのです。
彼らの各自には特別な何かがあります。そうでないなら、その人はここに居なかったでしょう。
だから私も同じものがほしいのです。
これは私がアダム(人間)に成りたいことを意味します。
最適な条件とは、リラックスするための理由ではなく、むしろすべてのものから、すべての状態および友達から善を取り出すための理由なのです。

平等のつながりを通して上層につながる

質問:上層世界の声を聴けるようになるために、私達は正しい内的な「器」をどのように準備できますか?

答え:上層世界の声を聴くためには、あなた達はつながらなくてはなりません。
アツィルート世界のマルフートはクネセット・イスラエル(イスラエル集会)と呼ばれます。
というのもそれは「クリエイターに真直ぐ」(ヘブライ語:ヤシャー・エル)を切望する全ての人々の集まりだからです。
そこで彼ら全てはアツィルート世界のマルフートでつながり、そしてアツィルート世界のマルフートは一つの祈り(MAN)をあげ、それがゼイール・アンピンまで届きます。
そして兄弟と一緒に父母の元へ帰るかのように、(上層のAA)の元へ昇ります。
これがエイン・ソーフ(無限)世界に到るまで、全てのレベルで起きることです。
それで、この上層世界とのつながりは、私が私と等しい人達とつながるときにのみ可能です。
はじめに私達は「集会」、つながり、友人達の集いを造らなければなりません。
大切なことは少なくとも一人の人間の前に自分自身を無にすることです。
そしてそれによって、あなたは他者とのつながりの準備ができます。
「上層」という用語は私達の内側にのみ存在します。
誰が教師すなわち「ラヴ」(ヘブライ語で「偉大」)でしょうか? 
彼はグループの中心にのみ存在します。
もしあなたがグループの中心の外側の教師について考えているのならば、彼は「ラヴ」とは呼ばれず、単に(普通の)教師であり、科学者であり、賢い男です。彼は(スピリチュアルな道の)ガイドにはなりません。
ガイドとはあなたに道を示す存在です。
それはグループの中心にいて「あなた達全てはこの中心の周りでつながる必要がある」と言う人物のことです。

霊的教師 新たな夜明けはその前日によって決まる

質問:私はレッスンの間にゴールの偉大さ(重要性)の認識が自分に欠けていると感じます。どうすればよいですか。

答え:全体的に見て、人には1つのことだけが欠けています:グループによってのみもたらされる正しい目覚め・気付きです。
そのことについてあなたは何をしましたか? 
友達に助けを求める手紙を送りましたか? 
彼らにそれぞれ好きなプレゼントをあげましたか? 
あなたは友達の注意を引き起こさなくてはならないのです。
彼らがあなたのことを考えれるように、あなたがゴールの偉大さを理解しているのか彼らが心配できるように、彼らがあなたのことを忘れることなく祈れるように・・・彼らに賄賂として何かを与えなさい!
レッスンの間に堕落を正すことは既に遅すぎます。
あなたは準備したものを使うのです。
すべての準備はレッスンの前にします。
昼間が夕方になり、夕方が夜になり、人は気が付くと暗闇のなかで混乱して理解が欠けています。
そしてその後に、その人は光に会う準備をします。
その人は真夜中から自分の器(願望・欲求)の用意をすることによって光に向かって突進します。
その人はクリエーターに自分の依頼を掲げた後に、用意ができている荷をもってレッスンに来ます。
その人は持っている全てのものをスタディにつなげるのです。
従って、スタディの時間は既に日中に起きた出来事の結果なのです。
準備をして下さい。
このことに関して重要に思えるものについて考えて下さい。
しかし忘れないで下さい: あなたがレッスンの間に行うすべてのことは、レッスン前の行為や活動の結果であるということを。
それを確認してください。
そうすれば、それが本当にそうであることが分かるでしょう。
レッスン前の朝に目覚める瞬間、そして、レッスンそれ自体の間に、あなたはその前日に自分自身を満たしたものに取り組むのです。
全ては昨日の準備によって決まります。

カバラ、マルクス、そして大きな嘘について

今日、私たちの発達の時代の間じゅうずっと伴ってきた傾向が終わりに近づいています。
エゴは私たちを木から降ろし人類の進化を始めることを余儀なくさせました。
私たちは生活における多くの様相と形態を経てきました:奴隷制度、偽りの自由、中世期、そして資本主義。私たちは利益を得るために、成功するために、そして、進歩するために常に働いてきました。
しかしながら今日、私たちのエゴとの「パートナーシップ」はもうすぐ終わります。
この事にはいくつかの理由があります。
その1つは、エゴそれ自体がもう満足しなくなったということです。
私たちはあらゆる良いことを受け取りますが、それは私たちを満足させません。
裕福な人々でさえ、まるで彼らが何もない状態で取り残されたようだとますます感じています。
その理由は、その満たすものに対する欠乏がない状態でそれに満たされることが、何の喜びももたらさないためです。
全体的にエリートは世界を自分たちの所有物として扱い、自分たちのために「全世界」を作り上げます。
彼らはメディアを通じて、朝から晩まで働くべきだ、流行を追うべきだ、製品やサービスを購入すべきだ、そしてまた働くべきだと私たちを納得させて混乱させています。
混乱状態、戦争、そして「アラブの春」のような暴動は絶えず生じています。どうしてでしょうか? 
それは彼らが注目されずに静かに世界を支配して自分たちのために何十億という利益を得るためです。
これこそが、ごく一握りの人々によって支配されている政府や他局の終わることのない仕事なのです。
しかしながら、彼らは自分たちが支配力を失いつつあると既に感じ始めています。
エゴイスティックな進化の法則に従い、現在の世界形態はもうすぐ終わりを迎え、世界危機に直面します。
大量消費社会を無期限に維持し継続させることに関心のあるエリートを含め、このことを望んだ人は誰もいません。
しかし、これはうまくいかないのです。
今や私たちは何処に向かうのか決心しなくてはなりません。
だから一方ではマルクスの著書が再びひもとかれていて、他方ではカバラの智慧が明かされているのです。
今日、受け取りたいという願望や欲求の異なる使い方についての話があります。
次なる段階は、人々が週に約1時間ぐらい働く、1つに結ばれた社会を築くことです。
なぜなら私たちが現在生産している全てのものは、私たちに必要ないからです。
今日においてユニティー(統一・団結・和合)とは、人間社会にとって最も重要なモデルです。
それなしでは、私たちは日々の糧さえも受け取ることができないでしょう。
もし私たち同士がつながらないなら、基本的生活必需品の提供はありません。
しかし、つながることこそが私たちのしなくてはならないことにもかかわらず、人類はつながり方を知りません。このため、一見したところ不可能な課題に直面する時、人類は滅亡に向かい、逃げ場がなくなります。
正確にこの時、カバラの智慧をその隠し場所から外に持ち出し、マルクスの『資本論(Das Kapital)』を背景にそれを「振る」のです。
人々が私たちを聞き入れることを望みながら。

質問:どんな証拠を持っていけますか?

答え:これを証明する方法は二つあります:
「賢者とは未来が見える人である」と書かれているように、理にかなった証拠があります。
私たちのアプローチは実例に基づく実際どおりかつ効率的なもので、より大きな困難を待つ必要がないと人々を納得させることができます。
あるいは、その代わりに証拠が災いの形として現れることになりえます。
私たちは人々に不慮の災害が訪れる前にカバラの智慧を広めようと努力しなくてはなりませんが、それは容易ではありません。
私たちはメディアを支配していません。
エリートは人々を混乱させて大きな嘘を助長することを目的とする大勢のエコノミストと金融専門家と他分野の専門家を作り上げました。
これはすべてピラミッドの頂点にいる人々が支配できるようにするためです。
では何を支配するのでしょうか? 
今日では彼らでさえ正確に分かっていません。その答えは全く彼らの支配下にないのです・・・。

彼らはメシアから何を期待するのか

質問:世界の何百万という人々がメシア(救世主)を待っています。なぜカバリスト達は初めから「メシア」概念の意味について説明しなかったのですか?

答え:人々にそれを説明することは不可能です。(それでも何とか)私はあなたにそれを説明してみましょう。
そうすれば、あなたも他の人達にそれを伝えようとするでしょう。
私達は大きな世界、巨大な現実の中にいます。
しかし私達はその小さな部分だけを掴(つか)んで「この世」と呼びます。
生と死、全てのことが「宇宙」と呼ばれるこの小さなエリアの中で起こります。
全ては認識(気づき)に依存します。
概して言えば、私達の身体は動物レベルに属しているのですが、今日私達はそれを自分自身と同一認しています。それに食べさせ、それを洗い、それをベッドに寝かせます。
要するに、私達は四六時中それに関心があります。
私の身体が生きて健康である限り、そのように私は築きあげられています。
そしてもし私が病気になり、気分が悪くなり、そしてもし身体が死ぬならば、そのとき「私」もまたそれと共に死ぬことになります。
なぜなら私にとっては身体をおいて他には、何も存在しないように見えるからです。
しかし(ついに)時は到来しました。
すなわち私達が認識を発達させ身体を乗り越えることができる時代です。
その時もはや生命を身体の中だけで感じ、また身体を通してのみ世界を見ることはなくなります。
この新しい、拡大された、高位の知覚は身体のフレームワーク(枠組み)によって限定されません。
これが「インテグラル・アウェアネス」(統合的認識・全体的な気づき)」と呼ばれます。
他者とのつながりという助けによって、私は自分の物理的身体を乗り越え、そして私達の間のつながりを通して、私はより拡大された感覚で現実を感じ始めます。
それは私の身体の内側で感じられるだけではなく、私達のつながりの中で、いくつかの(他者の)身体の内側でも一緒に感じられるもので、私は私達全員を一つの新しい体のように感じます。
かつては「私」だけだったものが、今や私達は自分たちの間に異なった種類のつながりを築き上げつつあります。そうして私達は、私達全てが一緒に、一つのシステムの中で一つの新しい相互的な生命を生きはじめる地点に至ります。
分離され限定された自己存在の代わりに、各自が私達の全体的でスピリチュアルな身体、つまり魂、を感じます。
そして、このことを感じる道はようやく今、私達の前に開かれています。
もし私が私の物理的身体の中に存在しているもの以上に、この魂の中に存在しているものを感じるならば、そのとき私は自分自身をこの新しいスピリチュアルな身体の中にあるものとして感じます。
実際、(物理的・霊的)どちらの場合も私達は欲求(願望・欲望)について話しています。
ただこれらの(スピリチュアルな)欲求は相互的であり、「理性の上で」見出されます。
これらは、はじめから既に授与の欲求です。
このような理由により、マサッフ(スクリーン)で覆われた私の身体の上に見出される誰もが(授与の欲求という点で)私と似ているのです。
このようにして、私達は新しい現実、新しい世界に入り、新しい価値を獲得し、そして生と死に対する評価も異なるものとなり、健康や病気などについても同様になります。
この移行、つまり内部の「私自身」感覚から、外部からの「私自身」感覚への移行は、単純からは程遠い(プロセス)であり、ある特別な力(フォース)の助けによって実行されます。
それが私を(自己の)内部認識から外部認識へと引き上げます。
(この引き抜きをヘブライ語で「モシェフ」と言います。)これがメシア(マシアフ)と呼ばれるものです。
そしてそれを達成するために、人は本当に努力する必要があります。

エゴイズム