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マイケル・ライトマン
真正なカバラの教えを世界中に提供しているブネイ・バルーフ カバラ教育研究所の創設者及び所長。存在論の教授。哲学及びカバラ博士号取得者。メディカル・バイオ・サイバネティックス修士号取得者。三人の子供の父親そして三人の孫の祖父。

「体と魂」

永遠とは何か?

質問:なぜ私たちは創造のゴールを切望しなければならないのですか? 
人生において何かを達成することを考えて生きるほうがいいのではないでしょうか?

答え:それは自己欺瞞です! 
世界が動く仕組み、その構造、私たちの運命、人生の意味、そして天地創造の目的地を理解したい欲求が私たちに与えられている事実を、無視することはできません。
これらの問いはヒューマンレベルに属するものですが、それをあなどることはできません。
あなどれば、世界のほとんどの人々のように絶望していってしまいます。
この絶望によって、彼らにはカバラの叡智が明かされませんでしたが、私たちには既に明かされています。
だからこそ、私たちは絶望と薬物乱用を克服するよう彼らを助けなければなりません。

質問:人は通常、命の最後の瞬間に「私はこの人生で何をしてきたのか。
何か残したのか」と思うものです。

答え:私は以下のように異を唱えます。
この世界と私たちのささいで意味のない文明は限りがあるものです。
たとえあなたがこの世界で何をしようとも、すべては消えて何も残りません。
最終的にクリエーターが明かされるであろう唯一つのユニークなシステムへと人々を共に導くために、あなたが何をしたのか? 
唯一そのことだけが記録されます。
特質と行動だけが残ります。
それらはシステムの中で保たれ、それゆえ永遠なのです。
さらには、それらはあなたの口座に記録されます。
その他は何も残らず、未来に継続するものは何もありません。

身体と魂のオーナーになる

私たちは幼少時から、性質や意見、感情などを持つ他人として自分の身体と関わることを教えないといけません。
たとえば、身体の一部分が痛むとき、身体が痛む、痛みがあるのは体だと言わなければなりません。
つまり、「それを苦しませなさい」とラバシュが体を指して言ったように、当の本人とは同化しない“部分”として、むしろしばらくの間彼のとなりに存在する別物として体と関わってください。
このような体に対するふるまい方のトレーニングで、それは魂に加えて私たちに与えられたものであると理解し、魂と身体を区別することが徐々に習慣になっていきます。
私たちはまた魂について、特定の目的のために特定の期間与えられたものとして話さないといけません。
人は自ら、身体と魂両方のオーナーとして、身体が持つエゴと魂が持つ崇高な目的の両方を共に管理しないといけません。
魂と身体は2つのラインのようなもので、私たちはそれら2つを組み合わせ、その総和として3つ目のライン作らないとなりません。
そして、あなたはあなた自身を、あなたが具現化されたものを、双方の組み合わせの結果としてみるのです。

木から降りてくるだけでは不十分 ー あなたは自分自身の上に登らなければならない

質問:今日の人々は、今や世界の物事はますます悪くなっていくだけであろうと、理解しています。
しかしカバラの教えは、そのような一般大衆から、今もずっと離れたところにあります。
私達はこの距離をどうカバーすることができますか? 
そして何故、そのような距離があるのですか?

答え:それは(カバラを学ぶ)私達と人類に努力する機会を提供するために、そこにあります。
この分離が私達と外部社会とに、お互いに相互作業をすることを可能にします。
この距離はある目的のために創造されました。
あなたは自分の知識、認識、理解をここに投入しなければなりません。
それはまるで、自然の発達過程が続くことを阻止しているかの様に見えます。
かつてサルが木々から降りると、それは時の経過とともに原始人となりました。
これに続いて奴隷の時代、中世、そして資本主義時代が来ました。
そして今日この発達は崩壊に終わってしまい、人々は(次には)よい統一が必要であると認識するに至りました。それでは、なぜこの発達は自動的に続かないのでしょうか? 
なぜなら、もし自動的に続くとすれば、人間という存在は決して現れることはなかったでしょう。
それはエゴイズムによって突き動かされ、木々から降りてきた霊長類と同じままだったでしょう。
私達は自分達が完全に自己愛のコントロール下にあることに気づいていません。
もし私が、私達すべてが存在しているこのシステムを見せられたなら、私は自分自身の管理下でしていることは何もないことを見るでしょう。
この状況においては、クリーチャー(創造物・生命)は現れません。
誰かをとって、独立性を遮断するフィルターに掛けてみましょう。
すると彼には上層の力以外に何も残りません。
その上層の力は初めからそこにあったものです。
「どのように人間をつくるのか?」
これが問題です。人間は、暗闇と、僅かな知識と、僅かな力を与えることによってのみ、つくることが可能です。この僅かな力はその人に、自分の生来の性質に打ち勝つ道を見つける機会を与えます。
そして多くの知識や理解なしでも、その暗闇の外へ彼を連れ出す、(彼の生来の性質とは)反対の力を築く機会を与えます。
それから、彼はクリエイターの必要な部分になりたいと思うようになり、自分自身を喜んでその環境に従属させます。
その環境もまた、彼がそうすることを義務付けるようになります。
そして彼は、この相互的な仕事を通して、超自然的な形態、つまり自分の生来の性質を超えた形態、を獲得することができるようになります。
この形態のことを「人間(アダム)」と呼びます。それは、彼が一匹のサルだった時代からずっと彼の中に残されていたレシモット(情報遺伝子)を使わずに創造した形態です。

<愛>