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マイケル・ライトマン
真正なカバラの教えを世界中に提供しているブネイ・バルーフ カバラ教育研究所の創設者及び所長。存在論の教授。哲学及びカバラ博士号取得者。メディカル・バイオ・サイバネティックス修士号取得者。三人の子供の父親そして三人の孫の祖父。

(18)授与するために受けとること。
(マイケル・ライトマン博士との対話)

ブネイ・バルーフ カバラ教育研究所

質問:私は普通の人間であり、ただ自分のために受け取りたいだけです。 「授与するために受け取ること」とはどういう意味ですか?

答え:確かに、普通の人は自分自身のためだけに受け取っています。しかし、カバラの知恵は、私たちの進化的発展の結果として、自分自身のために受け取ることが機能しなくなると言っています。
今日、世界は成熟し、円(サークル)になってきているため、単に自分自身のために受け取ることはもはや不可能な状態にあります。「獣」のレベルに落ちる時、私たちは自分自身に盗みを働いていることを知っています。
私たちは、肉体的存在の境界の外側にある人生の意味に到達することはできません。
この人生において、私たちはあらゆる種類の技術的な「おもちゃ」やファッション、そして人間社会がどうにかしてその存在を満たすために生産するこのようなことのすべてで遊んでいますが、実際は完全に空です。もし人がそれらに費やすエネルギー、力、苦しみと比べて人生で得る喜びの量を計算するならば、生きていない方が好ましいと気づくでしょう。
私たちは、人生において完全に異なる計算があることを理解しなければなりません。それは、自分の意志に反して生きるために私たちが創られたのではない、ということです。もし、私たちがその意味を発見するならば、私たちはこの世でも幸せになることができ、また、境界の外側でも無限に生きることができると気づくでしょう。
この幸福に到達するための方法はカバラの知恵と呼ばれています。それは、私たちの肉体が存在する限りの、一時的な地上での命からだけでなく、肉体を越えた、永遠の命における真の喜びに到達する方法の知恵であり、私たちはそれをこの世にいる間に獲得することができるのです。これが授与するために受け取ることと呼ばれるものです。この状態において、私は私の肉体の外に存在し続けるのです。

夫婦の霊的発達

質問:私は、夫婦の間にクリエーターが現れた家族について夢見ることをやめることができません。もし夫がクリエーターを切望しないならば、それは私の夢の実現を妨げますか?

答え:彼の態度は彼によって決められるものではないので、あなたは決して彼を非難することはできません! クリエーターに対する切望を人に与えるのはクリエーター自身です。クリエーターは人をカバラの知恵の学びに連れて来ます。『10個のセフィロトの研究の手引き』第4項によれば、クリエーターは人の手を幸運の上に置き、「それを取り、これを選べ」と言います。
もしクリエーターを明かしたいという欲求があなたの中に現れたなら、それはクリエーターによって与えられましたが、あなたの夫はこの欲求を与えられなかったのです。したがって、あなたこそが欲求を満たさなければならない者であって、彼ではないのです。彼はその欲求を満たすという責任を完全に免除されています。
彼がどんな種類の魂を持っていて、いつその魂の目的が達成させられなくてはならないのかについて、あなたは知ることはできません。また、その魂はすでにその目的を果たしていて、ただあなたの魂の目的の達成を助けるためだけに、実際に今あなたの側で受け身的にいる可能性も十分にあるのです。

世界を是正するために何人の人々が必要か?

質問:クリエーターは今日、世界中に存在するおよそ70億の人々の内側に包まれる巨大な受け取りたいという欲求を創りました。バール・ハスラムが彼の記事「最後の世代」で書いているように、もしかしてクリエーターはわずか数千人、あるいはそれ以下の人々の中にだけ包まれるということなのでしょうか? 受け取りたいという欲求の是正に向かう生物としての身体の数によって違いが生まれますか? それとも、10人で充分ですか?

答え:はい、そうです。最も重要なことは、その10人の人々が全世界のエゴイズムの縮図になるだろうということです。言い換えると、人類(何十億もの人々)すべてのエゴイズムがこれらのten(10人)に凝縮されるでしょう。これらのten(10人)はこのエゴイズムを集め、無化し、一つの統一体中へと統合します。この状態はアダム、つまり、一つの共通の魂と呼ばれます。
当然のことながら、エゴイズムが数十億人に包まれている時より、10人に凝縮されている時の方が、それを是正することはより複雑で難しいでしょう。それゆえ、カバラの知恵は特に今日、私たちに是正するよう呼びかけているのです。
将来起こりうる第三次世界大戦後に、それはより悪化するでしょう。たとえ戦争がもたらす苦しみが人々に統一を強いるとしても、選択の自由は依然として存在するでしょう。統一するという決断へとどのようにすべての人々を至らせるかという問題を抱えるでしょう。そのため、私たちは今日、是正に従事しなければならないのです。

どのように上層の光を引き寄せるのか

質問:もし私が相手に対して無関心だったら、どうやってその人に上層の光を引き寄せることができますか?

答え:あなたがその人とつながらないと、あなた達の間にある循環そのものの中に、上層の光を現せないと、一緒に学びながら徐々にあなたは気付き始めます。
したがって、彼とつながって上層の光が降りてくるシステムを作る以外に、あなたに他の選択肢はありません。それは一人の人間の中には現れません。私たちの間のつながりの中にだけ現れるのです。

祝福と呪い

l『トーラー』「申命記 第11章26−28節」見よ、私は、今日、あなたがたの前に祝福と、呪いとを置く。もし、今日、私があなたがたに命じるあなたがたの神、主の命令に聞き従うならば、祝福を受けるであろう。もしあなたがたの神、主の命令に聞き従わず、私が、今日、あなたがたに命じる道を離れ、あなたがたの知らなかった他の神々に従うならば、呪いを受けるであろう。
もし人がクリエーター、つまり唯一無二である自然の上層の力との付着へと導く道から離れるなら、言うまでもなく、彼は間違いを犯し、「他の神々」、つまり自然の他の力へと向かいます。
「あなたがたの知らなかった他の神々に従うならば」とは、すなわち、あなたがそれまでそれらの神々を、きわめて重大で決定的で、根本的なものとして考慮に入れていなかったということです。もしあなたがいま、それらの神々を選択し、支配者として見るならば、言うまでもなく、あなたは呪いを受けます。
人は唯一無二の真の支配する上層の力に背を向けることによって自分自身に非難を招きます。上層の力の派生物であるすべての他者がその支配下にいるのです。
これが呪いです。私たちに上層からの特別な何かを送ってくれる神はいません。私たちはただそのような比喩的な方法でそれについて話すだけです。私たちの行為を通じて、私たちは共通のシステムの歪みを引き起こします。それ故、私たちは自分たち自身の上ですべての結果を感じるのです。

質問:なぜ『トーラー』のこの部分はレヘ(見ること)と呼ばれるのですか?

答え:なぜなら、私たちがスピリチュアルなシステムに至る必要があるからです。結局のところ、視覚は人間の最も強い感覚であり、私たちがどこにいるのか、何者なのかという知識と理解の最も力強い源です。それゆえ、私たちは視覚、つまり最も高い認識を通じてすべてを知覚する必要があるのです。信じたり、単純に認めたりするのではなく、その本質を本当に理解するために。裁判所においてさえ、証人は見た人だけがなりうるのであって、聞いただけの人はなれないのです。

すべては私たちの欲求次第

質問:私たち皆が知っているとおり、スピリチュアルな是正には何百万年もかかりますが、どうしたらそれを加速することができますか?

答え:スピリチュアリティは年月で測れないので、それは多くの時間を必要とはせず、実際は私たちの欲求のみにかかっています。ニワトリのように「卵がかえるのを待って」いても、私たちは何も達成することはできません。つまり、すぐにこれらすべての行動を越えて、その上に飛び跳ねることが私たちはできるのです。すべては私たちの欲求次第です。
私たちがお互いに望むものを見せて、お互いを憎しみ、妬み、競争し合うといった様々な感情を駆り立てる程度まで、欲求は私たちの間で発達しています。これらはとても助けになっています。

悪い考えはどこからくるのか?

質問:どのように悪い考えは私たちの人生に影響を与えますか?良いことが起こる為にはどうしたらいいですか?

答え:あなたを目標に導く良い考えとして悪い考えを想像することが必要です。

質問:しかし、これらの考えは環境から私たちにもたらされたものです……。

答え:悪い考えは環境によるものではなく、創造主が環境を通じて私たちに与えるのです。宇宙には自ら私たちに影響を与える物体は一つもありません。すべての背後にクリエイターが常にいて、私たちの前でこの演劇を上映しているのです。

どのように世界をコントロールできるのか?

質問:私たちはしばしば、人々の間の特定の心の状態がどのようになっているのかを観察します。変わりたい、やせたいという願望や、幸せまたは憂鬱な感情は、それらの飛沫によって伝染します。人はどのようにして、このような感覚が個人的な感覚なのか、それとも環境から押し付けられたものなのかを知覚することができますか?

答え:私たちがシステムの性質を探求すればするほど、私たちは全てが他のみんなに依存していることに気づきます。これは深く相互的な関係であり、私たちの間の幾千もの関係性から成っています。もちろん、私たちはそれを実感していませんが、そのつながりは変わらずあります。それは絶えず続くものであり、無視することはできません。
私は砂漠の島や深い森に隠れ、切り離すこともできますが、それでは自分と社会の距離が大きくなるので、私は自分自身に限りのある、みじめな人生を強いることになります。たとえば、もし私が一人でこの宇宙にいるのなら、私の全ての感覚が体から切り離された細胞や肉の小さな破片のように萎縮することに、私はすぐに気づくでしょう。
私たちがお互いにコミュニケーション手段を学ぶことは、とても重要です。なぜならそれは真の環境に関連する立場に私たちを据えるからです。第一にそれは人間社会、そしてそこにどのように結びつくべきなのかということに関連しています。
人はどのようにそのようなつながりを発見することができますか? どのようにそれらの感じ方を学べるのでしょうか? どういう形で、私たちは与え受け取るべきですか? 原則としてそれが私たちのゴールであり、この意味は、私たちが統合されたシステム、つまり幸せな人生へ到達する方法を勉強しなければならないということです。

コメント:私たちの中の何かが間違っていて、私たちがその理由を感じる時、私たちは直感的に自分自身に注意を払い始めます。

答え:私たちには生理学的、精神的ないかなる病気、または個人的、家族的な問題、もしくは共通の全世界的な問題はありません。私たちが自分自身を見つけるシステムの欠点があるだけです。それゆえ私たちには、政治、経済、金融、そして各国々や人々の生活が混ざり合ってお互いに依存していることがわかります。
もし私が誰かを統治しようとするなら、私は間違いなく真逆の反応を得ることになります。かつて、ヨーロッパはアフリカやアジアを治めたいと思っていましたが、今や移民に翻弄されています。

質問:だとすると、もし私が何か間違っているのなら、私は自分自身のなかにその原因を探すべきなのでしょうか?

答え:興味深いことは、“私”はこの理由にはならないということです。私は私が誰であるのかによって、もしくは全システムがそうであるからといって自分自身を責めません。しかしながら、私はそのシステムが変化することに力を与えることができ、それは私に変化をもたらします。実際、インテグラル・エデュケーション(統合的教育)の手法は人々に世界がどのように働きそれを管理しているかについて理解を与えます。

質問:自分の状態はシステムの一般的な状態によって起こされていると気づくということですか。このような理解に対しどうしたらいいのでしょうか?

カバラと7つの外側の科学

カバラの科学はスピリチュアル・ワールドと自然の中で働いている力について述べています。これらの力は私たちの世界の事象に影響を及ぼして、そこに様々なイメージを生み出し、結果としてそこにある全てを含むひとつの完全なる宇宙になりました。鉱物、植物、動物、そして人々です。しかし私たちは脳内で反転したスクリーン上でこれら全てを見ています。そのため私たちには、これが私たちの目の前にあるように思えるのです。これが、私たちが現実を想像する方法です。
だからたとえこのイメージが、創造の深遠さや、その意図、そしてクリエイターの性質を獲得させてくれるものであったとしても、カバラの科学はこの完全に間違ったイメージとは隔離されています。しかし本質的にカバラの科学は、この外面的イメージから内的なもの、クリエイターの力と被造物の力という2つの力のみが残る真の状態へと向かう方法を教えています。
もちろん、そのそれぞれがもっと多くの部分、特定の力や行為に分類されます。しかし基本的に話されていることは、力についてのみです。受け取る意志や楽しむ意志、それらの間で起こることについてです。これが全ての科学を作っています。
もし、ある科学がこの2つの基礎的な力の相互作用について話すなら、その時私たちはカバラの科学を用いています。そしてもしそれが、鉱物、植物、動物、人間という物質の異なるレベルにおける、それらによる様々な結果について話すなら、その時私たちはこの世界の科学を用いています。
もちろんこれらの科学は真実であり、外側の動きについての知識を与えてくれます。この2つ内的な力の動きは、この外側の動きを通して表現されています。しかしこれらの科学はかなり制限されていて、私たちの狭い世界の境界内でしか頼りになりません。
自然の中で働いている2つの基礎的な力を説明するカバラの科学が、他の全科学の基礎であるということが分かります。そしてそれは物理学や化学、生物学、動物学のように自然や外側の世界を研究する自然科学だけでなく、音楽やダンス、芸術といった人が直接関わるものも含んでいます。
この全てはまた、この世界を知覚し感じとる人間の能力についての知識を私たちに与えるため、“7つの基礎的な外側の科学”の一部なのです。