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2018年3月(March)

「あなたは乳ガンではないですが、予防のためにすべて切除しましょう」という行為の連鎖を生み出した「死に至る乳ガン遺伝子変異」の概念が最新の医学研究で完全否定される

投稿日:2018年3月14日
米国の医療系メディアの記事より
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ご存じない方はあまり知らないことかもしれないですが、「乳ガン」に関しての最近の医学知識の常識というものがひとつあります。
それは、「乳ガンになりやすい遺伝子の変異があり、それを持っていると、乳ガンになりやすく、生涯の死亡率も高くなる」というものです。
そのために、たとえば「ガンになってもいないのに、乳腺や卵巣を切除する」という医療行為が世界的におこなわれていたり、推奨されています。
これは今の医学の世界でかなり強い確信のようなのですが、今回ご紹介する記事は、
「それは間違っていた」
という可能性を示すものです。
このような問題に私の意見を差し挟む余地はないですので、早速、記事の翻訳をご紹介したいと思いますが、参考までに、記事に出て来るその BRCA という名称の遺伝子と、その変異について、国立がん研究センターのページなどから抜粋しておきます。

国立がん研究センター「BRCA1/2遺伝子検査」より

BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子のいずれかに変異が生じると、乳がんや卵巣がん、前立腺がんにかかるリスクが高くなります。
BRCA1/2遺伝子検査では、血液の採取により、これらの遺伝子の変異の有無を調べることができます。変異陽性者に対しては、がん検診の受診や薬による予防、乳腺や卵巣・卵管の予防的切除などが検討されます。

このように、国立がん研究センターなどの公共的な文言にもそうあります。
ここに、
> 乳腺や卵巣・卵管の予防的切除などが検討されます。
とありますように、検査などでその遺伝子に変異があることがわかった場合は、「ガンにはなっていないですけれど、切除しましょう」という考え方が一般的なこととなっているもののようです。
もちろん、それらを切除した場合、二度と元のように戻ることはありません。
この「予防的切除」というおこないを世界的な広めたのは、アメリカの女優であるアンジェリーナ・ジョリー氏だともいえ、数年前、予防的な切除を自ら希望しておこなったことが世界的に報じられたことによると思われます。

アンジェリーナジョリー主演「トゥームレイダー」予告編より

Wikipedia からその部分を抜粋します。

アンジェリーナ・ジョリー - Wikipedia 「乳腺切除と遺伝子」より抜粋

2013年5月に掲載された『ニューヨーク・タイムズ』への寄稿文で、ジョリーは乳癌と卵巣癌の発生が高くなるとされる遺伝子「BRCA1」に変異があるとして、乳癌予防のために両乳腺を切除する手術を受けたことを明かした。
これは、医者から「乳癌になる可能性の確率が87%」だと診断されたことを受けたもので、ジョリーの母も卵巣癌で早逝したことも影響しており、乳癌リスクを抑えるためでもあるとしている。
この手術の公表は世界的に大きなインパクトを与え、「アンジェリーナ効果」と呼ばれた。この手術の影響は著しく、日本でも乳房予防切除手術の倫理申請を行う動きが出ている。
ここに、
> この手術の影響は著しく
とあり、世界中で多くの追随する人々を出したという解釈でいいのだと思いますけれど、今回のランセットの研究が明らかにしたところは、
「乳房予防切除手術での生存率の上昇はなかった」
ということであり、それ以上に、そもそも、「遺伝子 BRCA に変異がある人とない人の 10年間の「全生存率」は同じだった」ということなんです。
つまりは、予防的な切除手術も、あるいは「検査自体」が無意味という可能性がとても高くなっています。
根底において、現在の「乳ガン発生の見識や、予防の考え方」そのものが間違っていると考えてもいいのかもしれないのです。
いずれにしても、冒頭のその記事の翻訳をまずは掲載します。論文からの抜粋部分で、あまりにも耳慣れない医学用語は、ある程度わかりやすい言葉に置き換えています。
また、記事に「トリプルネガティブ乳ガン」という医学用語が出てきますが、これは、ガンの分類のことで、詳しいことを書いてもあまり意味がないですが、乳ガン全体の約 10%を占めて「予後不良」とされることが多いとされているものです。

では、ここからです。
「致死に至る乳ガン遺伝子の存在」は間違った神話だったことが医学誌ランセットに掲載された新たな論文で判明した
最近の医学誌ランセットに掲載された研究によれば、いわゆる「乳ガン感受性遺伝子」( BRCA1 および BRCA2 と呼ばれる)は、実際には、乳ガンを引き起こしていないないことを明らかにした。
女優アンジェリーナ・ジョリーがおこなった予防のための乳腺の切除手術は、つまりは意味のない行為だったことになる。
現在の主流のメディアでは「乳ガン遺伝子」すなわち、BRCA 1 と 2 の変異が、乳ガンと卵巣ガンの発生を高めると広く報じられ続けているが、ランセットに掲載された研究では、これらの乳ガン遺伝子とされているものたちには、乳ガンの成長に関係する証拠がないことが確認された。
この研究は、「若年性乳がん(POSH)における生殖細胞系 BRCA の変異および転帰 (Germline BRCA mutation and outcome in young-onset breast cancer (POSH): a prospective cohort study)」と題されたものだ(ランセットの論文へのリンク)。

論文には以下のようにある。
BRCA1 または BRCA2 の変異を有する患者と、乳ガンと診断された後にこれらの変異がない患者との間には、全生存期間にも無病生存期間にも有意差の差はないことがわかった。
(※訳者注 / これは簡単に書けば「乳ガン遺伝子と呼ばれている BRCA の変異を持つ人と持たない人の間に死亡率の差がない」ということだと思います)
研究が発表された後、英国BBCは、この結果を、記事「乳ガンでの生存には、遺伝子欠損の影響は関係しない」というタイトルの記事で詳細に分析している。
BBC の記事には以下のようにある。
ランセットに掲載されたこの研究は、2000年から 2008年のあいだに英国 127の病院で乳ガン治療を受けた 18歳〜 40歳までの女性 2,733人を対象にしている。そのうちの 12パーセントが BRCA 突然変異を有することを発見した。この女性たちの医療記録は10年間追跡された。
この間、女性たちのうち 651人が乳ガンで死亡したが、その期間の中で、BRCA 変異を有する人たちの死亡率は、遺伝的な変異がない人との比較で、2年後、5年後、10年後、共にすべて同等であった。
BRCA 変異を有する患者の約 3分の1は、ガンと診断された後に両乳房を除去するために、二重の乳房切除術を受けている。 しかし、この乳房切除手術により 10年目の生存率が上昇したことを現す結果はなかった。
この研究は、乳ガンのスクリーニングプログラムの今後と、「乳ガン患者のケア」の基準に強力な意味をもたらしたと言える。
なぜなら現在の医学界では BRCA 遺伝子の変異と乳ガンとの関係への信念が強く、世界中で何百万人もの人々がそれ(乳房の切除などの予防的処置)を実際に考慮している。
これには、アンジェリーナ・ジョリー氏のような有名人が、乳ガンになっていないのにも関わらず、乳房を「予防的に」切除することを選択した出来事が報じられたことも大きく関係している。彼女がこの「危険な神話」を世界中に広めてしまった側面がある。
しかし、アンジェリーナ・ジョリー氏がおこなったその処置は、無意味であるばかりか、この新しいランセットの論文のディスカッション部分では、研究者たちが、BRCA 遺伝子の変異と全乳ガン生存率の因果関係を見つけることができなかっただけでなく、一部の BRCA 変異を持つ人々(このような人々は、トリプルネガティブ乳ガンだと診断される)が、実際には、突然変異体を持たない人たちと比較して、「生存率が良かった」可能性が示されているのだ。
下は論文からのその部分の抜粋だ。

我々は、BRCA1 あるいは BRCA2 生殖細胞系列の変異のいずれかが、乳ガンの全生存期間に有意に影響するという明確な証拠を見出すことはできなかった。このことから、乳ガンのリスクを軽減するための乳房等の切除手術のタイミングに関する決定は、原発腫瘍の予後と患者の希望を考慮に入れるべきだと述べておきたい。
BRCA 変異を持つ人々がトリプルネガティブ乳ガンを発症した場合、診断後の最初の数年間は、持たない人に比べて生存率が良かった可能性が見られた。しかし、(変異が発見された時に)即時に乳房切除手術をおこなうことによって生存率が上がったという利点は見られなかった。(※訳者注 / 切除手術は生存率を上昇させなかったという意味)
これらのデータの分析から、トリプルネガティブ乳ガンを有する患者は、BRCA 変異キャリアの早期の生存の可能性を考慮して慎重に解釈すべきである。
今回の研究による新しい発見は「 BRCA 遺伝子の変異を持つこと」を、まるで死刑判決のようだと確信している人たちにとっては驚きかもしれない。
しかし、過去数年間、これを示唆する証拠は数多くあった。
それでも現実としては、医療の現場で今も何百万人もの女性たちが、腺管ガン(DCIS)のような上皮性起源の非ガン性で無痛性の増殖に対しての過剰診断および過剰治療によって、不必要に体に損傷を負っている。
「 BRCA 遺伝子の変異が乳ガンを引き起こす」という概念もまた、命を救うという大義名分の下に、多くの女性たちに大きな被害と苦痛をもたらしているにも関わらず、「それは真実ではなかった」という例のひとつなのかもしれない。
BRCA 遺伝子による乳ガン検診は、民間および公共のスクリーニングプログラムに活用されているが、その結果は、しばしば「その人たちの苦痛を防ぐ」という目標に反していると思わざるをを得ない。
ここまでです。

当事者の方々にとっては、かなり深刻な問題ですので、感想や意見的なものは書けないのですが、仮にお若い女性で、結婚や出産といったものが「これから」という方々が、偉大な医師からそんな決断を提示されたらどう思うのだろう……とは思いました。
決断というのは、「乳腺と卵巣を切除する」ことを、です。
つらいだろうなと思います。
しかも、どうやら「それには意味がなかった」ということがわかりつつあるという……。
いや、仮に「意味があった」としても、どうなのだろうと思います。
何だか、もう最近の医療というのがひたすら残酷な世界を描き出す場となり続けているような気がして仕方ないですが、このランセットの論文が発表されたのは、今年1月ですけれど、おそらく、これに関しても今後しばらくはあまり変わらないのではないでしょうか。
すでにシステムとしてその検査が構築されているので、よほどのことがない限り、そう簡単には変わることはできないような気がします。
それにしても、人間は、生きる時間を延ばすためには、喜びや楽しみ、あるいは「再生産」という生物として最も重要なこともすり減らすべきなのでしょうか。最近の「治療」という名の様々な行為を見て、本当にそう思うことが多いです。
しかし、こんな重い考え方ではなく、単に「切るのは良くない」という単純な話も重要な気はするのです。

松崎のソメイヨシノ来週見頃?

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伊豆鞍馬そば

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行く前にトリップアドバイザーで評価も高かったので、お昼はここでと決めておりました。
ナビで設定しましたら、あれ!ここは前に来た記憶がありましたが、記憶では日本料理だったような記憶でしたが、今はそばの専門店になっていました。
入り口を入ると席はほぼ満席で、後ろに一席だけ空いていたので座り、テンプラそば(海老1匹コース)1300円を注文。
壁は白系で天井は黒系とすっきりしたデザインでとても落ち着いた雰囲気がよいお店でした。
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伊豆鞍馬の案内ページ伊豆鞍馬のメニュー
うまいそばを食べて満足したところで、締めは白玉クリームあんみつを近くの「侘助」さんに行こうとしましたが、お店は改装中?
で残念ながらやっていませんでしたので、途中、松崎では有名な「桜葉もち」を買って帰りました。
侘助さんの改装はいつまでなのか調べてみると、え!閉店の文字がありました。
侘助さん閉鎖のニュース

運命と宿命について

津山、30人殺し事件の動画ですが、実はこの事件は後に横溝正史が書き上げた「八つ墓村」でした。
当時、横溝正史ブームで犬神家の一族、八つ墓村と次に次に映画がヒットし、何度も観させて頂きました。
このストーリーは横溝正史の創作であったと思っていましたが、この津山事件とは多少違っていますが、確かにこの津山事件をもとに書き上げられたものです。
この事件の犯人「都井睦夫」について、この事件の内容をみると、運命と宿命について、この都井は生まれた時に「肺結核」という宿命をもって誕生し、その後の人生においては運命という十字架を背負って生きていたということが言えます。
宿命とはその人が変える事の出来きないものであり、運命とは定められたものであるが、その人が己の運命を変えることが出来るものと言えます。
ただし、当時の肺結核とは不治の病と言われ、肺結核宣言を受ければ、共同生活には不適切と指摘され、隔離されてしまいます。
都井が肺結核が村中に噂が広まると、村人は都井を避けるようになり、いわゆる村八分となり、将来の結婚を誓っていた幼なじみの女性からも、親の反対から結婚は出来ないと言われてしまい、ここから村人あるいは許嫁に対して恨みに変わって行く事件がこの津山事件の経緯ののです。
この肺結核以前の都井は少年時代は非常に優しく、勉学も頭も非常に良く、学校の教頭からも将来、教師になるよう進められていたほど、村中から慕われていた人物です。
現在ではは肺結核は直る病気ですが、当時では不治の病とされ、死の宣言を受けたのと同じであり、空気感染するとされており、村人の行動も非難できることではない事ですが、都井に対しても同情すべきこともあります。
もし、都井が後60年後に誕生していれば、肺結核も治り、すべてこのような事件は起こらなかったと思います。

もうひとつの宿命と運命を考えさせられた映画「砂の器」松本清張著です。

この題材のモデルはあったのかどうかは不明です。
この砂の器は、奥深い村々で父親が「ライ病」患者で、村八分され2人は過酷な旅にでるのですが、その目的地はあるわけではないのですが、とりあえず生まれ育った村から離れることが目的ですが、お金もなくまさに物乞いの旅で、死に場所を見つける旅です。
ここで宿命はライ病ですが、現代ではハンセン病で今ではなおる病気ですが、津山事件の肺結核であり、砂の器ではライ病が宿命となっています。
砂の器での運命は親はライ病でしたが子供は運良くライ病には移ることはなく、親と死に別れ独立して生きていくのですが、運もありましたが彼は青年になり、人気音楽家になり成功をおさめるのです。
しかし、彼のことを知っている人が近づいてきたので、自分の過去を消したいと願っていた彼は、その人を殺してしまうのです。
彼の運命はひょっとしたら殺人を選ばれなかったら?
運命は変わっていたかも知れません。

欲望の経済史2018 ルールが変わる時 全話

この動画は著作権で保護されており、画面でこの動画はYouTubeで見るのテロップをクリックしてご覧下さい。
今回はコメントはいたしませんので、ご覧頂いた皆様がご判断下さい。

松本清張「天と線」


この映画は松本清張の原作で、政府の大臣、霞ヶ関、それに連なる陰の人物など汚職隠蔽のスト−リーで、松本清張の特筆の原作のひとつだと思います。
たくさんの方々が原作を読まれたことと思いますが、最後に予期できないストーリーとそれらに絡む人間ドラマには「正義」とは何か?を考えさせられてしまう筋書きは、松本清張の凄さを感じてしまいます。
最近の邦画はあまり観ませんが、17日TVで2部放送されていたので録画しておいたので、1部2部を連続してみてしまいました。
この物語は昔も今もかわらない国会議員や霞ヶ関官僚そしてそれらの指示で動く霞ヶ関職員、最後にはそれらの上司の尻拭いで尻尾きりをさせられる職員達。
これって今国会で騒がれる森友文書書き換え問題も同じではないのでしょうか?2人も関連した職員が自殺までだして、これらは闇の権力とその隠蔽体質は、人間の醜さを表しているようです。
松本清張関連の本あるいは映画、ドラマ色々と拝見させていただきましたが、その時の俳優やキャストによって多少イメージが違いますが、昭和いわゆる戦後初期の時代背景から、現代の町並みや人々の服装も違い、なかなか演じきれないこともあり、出来る限り古い作品をみるようにしています。
わたくしが一番印象に残っているのは「砂の器うつわ」かもしれません。
過酷な運命を背負い生き抜いた少年が、一流の音楽家となり成功者となりますが、その少年の過去を知り得る人物が殺害されるという事件ですが、この映画をみて「運命とは」「宿命とは」何が違うのだろうとい問いでした。
今でも自分に問いますが、運命も宿命も生まれた時に持って誕生しますが、運命は自らが変える事は出来るが、宿命は生きてる限り変えることが出来ない定めなのかと考えますが、正確なことはまだわかりません。


伊豆下田須崎漁港新船お披露目行事

3月4日PM3:00頃、川奈の造船所で建造された新船「高宮丸」がお披露目されるということで撮影にまいりました。
この日は天気は良かったのですが、猛烈な西風が吹いて海は時化て立っていられないほどの強烈な風が吹き捲くっておりました。
それでも須崎漁民の皆さんは、今か今かと新しい「高宮丸」を待ち受けています。
私は元東京在住の人でしたので、新船のお披露目など目にした事はなく、須崎漁民の皆さんはお披露目会は行事のひとつであり、須崎の漁港関係者は一家総出でお祝いすることのようです。
沖合をみると岩に波がぶつかり白いしぶきがあがり、大丈夫なのかな〜と思いましたが、漁民の方は「このくらいの波では沈なんかしないさ!」と言っておられました。
到着時刻が少し遅くなっているようで、「今、爪木崎を通ったよ!」と大声を出されていると、風を避けて待っていた人々は、防波堤にぞろぞろと歩き出しました。
さきほどまで防波堤には人がまばらでしたが、いつの間にか防波堤には沢山の人々が溢れています。
待っていると防波堤に新船「高宮丸」が姿を現しました。
すると船の入港とともに「軍艦マーチ」が鳴り響き、これはお披露目の時に流れるバックグランドミュージックだそうです。
大漁の旗を一杯に飾り、真新しい船が入港し、岸壁に寄せると、一斉に歓喜と拍手が鳴り響き歓迎式が始まりました。
漁民の皆さんは手に袋やカゴなどを持って手を振っています。
すると船上から一斉に祝餅が投げられ、皆んな投げられる餅を袋の中に入れて騒然となっています。
餅まきが終了すると、高宮丸の船長が何人かが持ち上げ、そのまま海中にザボンと投げられました。
いやいやまだ寒い海中に入るなんて、大丈夫なのかなと思いましたが、それは海の男!の儀式だそうです。
今、海外から観光客が沢山きておられますが、船長が海の中へザボンという姿を見たら、きっと「オーノー、オンマイガット」ということでしょうね。
このような行事は東京には存在しませんが、地方地方には町ぐるみ村ぐるみで協力しあう姿は素敵な一面を見せて頂きました。
この動画をご自分のパソコンあるいはスマフォでご覧になるには下記のURLをクリックすると、ユーチュブ動画をみる事が出来ます。
https://www.youtube.com/watch?v=w_mJu142Uzk&feature=youtu.be

「宇宙の法則3、6、9謎」

宇宙の法則・3・6・9が意味するものとは・・・


以前公開したニコラテスラにまつわる都市伝説

数字は、宇宙の共通語

参照記事https://xn--ccke5d6a8fj3i7afn.com/2018/02/23/suuji/
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数学というと、アルキメデスのような天才数学者によって確立された学問のように感じますが、実はそうではありません。
正しい解釈の仕方は、「数学という宇宙の法則を、人類が発見した」のですね☆
数学は言い変えると「宇宙共通の言語」であり、宇宙創生から存在する、宇宙の法則であるといえます。
その証拠に、地球上に存在する生物や鉱物などの、ありとあらゆる物質や自然現象には、全て、数学的な規則性が見られており、これは科学的にも確認されています。
ピラミッドの建築などには、こういった数学的な黄金率が随所に使われており、そのため、古代エジプト人は、高度な数学の知識を持っていたとされるのですね。
フリーメイソンやイルミナティの様々なシンボルにも、3や6といった数字が使われている事は、知っている方も多いでしょう☆
やっぱり、イルミナティやフリーメイソンのような組織は、昔から数字のパワーを知っていて、それを活用している様なのですね。

3、6、9が持つ数字のパワーを信じていたニコラ・テスラ

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ニコラ・テスラ 3、6、9という数字の素晴らしさを知れば、宇宙への鍵を握るだろう。

ニコラ・テスラは数字のパワーに凄くこだわっていて、テスラ自身も、「3、6、9」にこだわった生活をしていました。例えば、ホテルに泊まる時は、必ず「3」が付く部屋番号を選んだり、食器を拭くナプキンの枚数は、これらの数の倍数である18枚のナプキンを使う事を心がけていたのですね♪では、ちょっと頭の体操をしてみましょう。こんな計算式があります・・・
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上の図のように、1から順番に足していって、二桁になったらまた足して・・・と、この計算を繰り返していくと、1、2、4、5、7、8が繰り返し出てきます。しかし、テスラがこだわっていた「3、6、9」が出てこないのですね。

では次に、テスラの大好きな「3」を順番に足していったら、どうなるでしょうか?
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9をどれだけ足しても、答えは9になっちゃうのですね。

更に、こんな図はどうでしょうか?
円を半分づつに区切っていきましょう。
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どうでしょうか?
これ、どこまで計算していっても、9になっちゃうんですよね。

さらにこんな計算もしてみましょう♪多角形の画数と、一辺の角度をかけて、その数字を一桁づつ足し算していくと
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これまた全部9になっちゃうのですね。
9という数字は、宇宙の万物をつかさどる数字といえるのです。

そして、3と6は足すと9になることから、9に含まれる数字です。
つまり、ニコラ・テスラがこだわった、3、6、9は、宇宙の仕組みその物を意味する、とっても神秘的な数字なのですね。
そして、それ以外の1、2、4、5、7、8は、私たちが住む物質界を表す数字だと言われています。
その証拠に、どれだけ足し算しても、3、6、9と言ったスピリチュアルな数字にたどり着けないからです。
簡単に説明するとこんな感じです・・・

9→全宇宙をつかさどる絶対的な存在

3と6→9に含まれるスピリチュアルな存在

1、2、4、5、7、8→わたしたちが暮らすこの物質世界を表している存在(つまり二元性を表す数字)
と言うことになります。
このように、3、6、9は、どうやら宇宙の神秘をつかさどる、特別な数字であることは間違いが無いようです。

「コメント」
この数字というものは宇宙において共通なものであるということは知っておりました。
これらは宇宙の最高位に属する高度な知的生命体がアラビア数字1s,2s,3s,4sなどの数字は、私たちが過去に地球に持ち込んだものですと言っています。
また、宇宙の創造主である聖霊は無限小の部分を人間の体に挿入しました。
これは本質的な人間存在の九分の一を形作り、かつハイアーセルフ(高次の自我。時には超自我と呼ばれる)の九分の一を構成するいわゆるアストラル体を形成しています。
人間のハイアーセルフは言い換えればそれ自身の九分の一を人体に伝える存在で、個人のアストラル体となります。
同様に他の物質体にもハイアーセルフが九分の一ずつ住んでいますが、各部分は中心的存在に対して統合されています。
さらにハイアーセルフは高位ハイアーセルフの九分の一に当たっています。
この過程を源に遡るまで続き、聖霊によって必要とされる精神的体験の壮大な濾過作用を表します。
誰にでも住み着いているアストラル体は、人生において肉体で体験したすべての感覚をハイアーセルフに伝えます。
この感覚は九つのハイアーセルフの巨大なフィルターを通過し、聖霊を取り囲むエーテルの海に到着します。
もしこれらの感覚が物質主義に染まっていると、ハイアーセルフはそれらをフィルターで漉(こ)す際にトラブルに見舞われます。
もしあなたが、人生において経験したさまざまなことを通して精神的な意味で自分にアストラル体の利益を保証出来れば、さらに精神的な利益を勝ち得るようになるでしょう。
将来的にはあなたのハイアーセルフはもうまったくフィルターにかけられることはなくなります。
わたしたちは地球という第一段階のカテゴリーに存在し、最後の第九のカテゴリーまで高度な精神的進化を進まなくてはならないのです。
聖書に登場するイエスキリストは、最高位第9カテゴリーから地球上に降ろされた救世主であることは間違いありません。ただし、イエスキリストの真実は2人のイエスキリストが存在していました。
わたくしは、以前より人間に存在するハイアーセルフが九分の一、そして宇宙のカテゴリーが九つあることは知っておりましたが、九という宇宙をつかさどる数字について絶対的数の意味が少し理解できたように感じています。

「クレムナの予言 ミタール・タラビッチ」

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クレムナの予言全文

大きな戦争の後、世界各地に平和が訪れる。いろんな新しい国々が誕生する。黒、白、赤、黄色というような。国際的な裁判所(国連のこと)が作られ、国家が戦争をすることを許さなくなる。この裁判所(国連)はすべての王(政府)の上に立ち正しい判断をくだす。そして、憎しみと残虐性を愛と平和に変えるように努力する。このような時代に生きるものはなんと幸運なことか。
しかし、しばらくすると、偉大な王(国家)や小さな王も裁判所(国連)への尊敬を失い裁判所をだまし、自分たちの好きなようにやるようになる。これが原因で多くの小さな戦争が始まる。そして何千人もの人々が死ぬが、それでも大きな戦争は起こらない。

イスラエルでもいくつかの戦争は起こるが、この地にも最終的には平和が訪れる。これらの小さな戦争では兄弟同士が戦い、キスをして平和条約を結ぶが、憎しみは残る。これらの小さな戦争は大きな国家(アメリカやソ連)によって引き起こされたものだ。なぜなら、これらの大きな国家は悪意に満ちているからである。そして相互に戦うはめになる国々は、自らの盲目的なバカさから戦うのである。
わが国(セルビア)では平和と繁栄の時期が長く続く。何世代も人々は平和な時代に生き、人生を終わる。戦争のことを人々は、知識を収めた本や証言、そして奇妙な装置を通して知る。(テレビのことか?)

わが国(セルビア、ユーゴスラビア)多くの人々に愛され尊敬される。人々は白パンを主食とし、黒パンは欲しいときにしか食べない。人々は牛が引かない車(自動車)に乗る。そして空を飛んで旅をし、タラ山の2倍ほどもある高さから下を眺めるようにもなる。
セルビアは、青い目の白い馬に乗った人物が統治するときにもっとも繁栄する。この人物はセルビアに新しい宗教のようなものを持ち込む。彼は権力の頂点に上り、100歳に近い年齢まで健康に生きる。彼は狩りの愛好者だが、狩りの途中で誤って落馬し、足を切断する。この傷が原因で彼は死ぬ。年齢からではない。
彼の死後、国は一種の連邦制によって統治されるが、かつてのような状態には戻らない。わが国の国民は惨めさと飢えを忘れ、豊かさの中で暮らしているが、国民は互いに悪意を抱き憎むようになる。

われわれの国(セルビア)や、彼らの国の国境の先には新しい国が生まれる。新しい国々は雨後のタケノコのように誕生する。そうした国々はもともと良心的で誠実だが、われわれの憎しみには憎しみをもって応える。これらの国々は、互いに兄弟でもあるかのようにめんどうを見合う。しかしわれわれ(セルビア人)は気が狂ったようになり、自分たちは全知全能でありなんでもできると信じ、彼らに自分たちの信念を強制する。だが、こうしたことはすべて無駄に終わる。なぜなら、彼らは自分たちしか信頼しないからだ。その後、これが原因となり大きな問題が起こる。だが、わが国(セルビア)は勇敢だ。

何年もこの問題は続くが、だれも止めることはできない。なぜなら、雨後のタケノコのように新しい国々は次から次にできるからだ。あなた(叔父の神父)の死後何十年もたってから生まれる指導者は、誠実で知的な人物だ。この人物はこうした新しい国々と平和的な関係を結ぶ。彼らは向こう側に、われわれはここと向こう側に住む。われわれは平和に暮らす。
父さん、第二の大きな戦争の後、世界が平和になり人々が豊かに暮らすようになると、それがすべて幻想であることがはっきりする。なぜなら、人々は神を忘れ、人間の知性のみを崇拝するようになるからだ。でも父さん、神の意志からみると人間の知性なんてあまりにとるにたらないものだ。神が海なら、人間の知性なんて一滴の海水にもならないくらいだ。

人間はさまざまなイメージが見える箱のような装置を作る。この箱を介して私にコミュニケートしようとしても無駄だ。このとき私はすでに死んでいるのだから。でも、このイメージの箱は、向こう側の世界(死者の世界)にとても近いところにある。それは、髪の毛と頭皮との距離くらいに接近している。このイメージ装置のおかげで人々は世界中で起こっていることを見ることができるようになる。

人間は地中深くに井戸を堀り、彼らに光とスピードと動力を与える金を掘り出す。そして、地球は悲しみの涙を流すのだ。なぜなら、地中ではなく地球の表面にこそ金と光が存在するからだ。地球は、自らに開けられたこの傷口のために苦しむだろう。人々は畑で働くのではなく、正しい場所や間違った場所などあらゆる場所を掘削する。だが、本物のエネルギー源は自らの周囲にある。エネルギー源は「見えないの?あなたの周囲にある。私をとって」などと言うことはできない。長い年月がたってからやっと人間はこのエネルギー源の存在を思い出し、地中に多くの穴を開けたことがいかに馬鹿げていたのか後悔するようになる。このエネルギー源は人間の中にも存在しているが、それを発見し取り出すには長い歳月がかかる。だから人間は、自分自身の本来の姿を知ることなく、長い年月を生きるのだ。高い教育を受けた人々が現れる。彼らは本を通して多くのことを考え、自分たちがなんでもできると思い込む。彼らの存在は、人間が自分自身の真の姿に気づくことの大きな障害になる。だが、人間が一度この気づきを得ると、こうした教育ある人々の言葉に聞き入っていた自分自身がいかに大きな錯覚に陥っていたのか自覚するようになる。この本来の知識はあまりに単純なので、これをもっと早く発見しなかったことを後悔する。

人間は、何も知らないのに自分を全能だと思い込み、あらゆる馬鹿げたことをする。東洋に賢者が現れる。この人物の偉大な教えは大海と国境を越え世界に広がるが、人々はこの真実の教えをウソと決め込み、あまり長い間信じることはない。
人間の魂は悪魔にのっとられるのではない。もっと悪いものにのっとられるのだ。人間の信じているものには真実などいっさいないのに、自分たちの信じる幻想こそが真実だと思い込むのである。ここセルビアでも世界の他の地域と同様である。人々はきれいな空気を嫌い、神々しいさわやかさと美しさは、人間が作った上下関係の階層関係のもとで見えなくなってしまう。だれも彼らを強制するわけではない。人間は自分の自由意思からこうしたことを行うのだ。

ここクレムナでは、多くの畑が牧草地となり、多くの家が放棄される。でもこの地を離れたものは、きれいな空気で自分を癒そうとまた戻ってくる。セルビアでは男と女を区別することはできなくなる。みんな同じような服装になるからだ。災いは海外からやってくるが、それはわれわれの間に長くとどまることになる。新郎は花嫁をめとるが、だれがだれなのか分からなくなる。人々は自分自身が分からなくなり、なにも感じなくなる。多くの男は、自分の祖父や曾祖父がだれなのか知らない。人間は自分がすべて知っていると思っているが、実はまったくなにも知らないのだ。

セルビア人は互いに分裂し、自分たちはセルビア人ではないと言い張ることになる。邪悪なものたちがこの国を支配し、セルビア人の女性たちと寝床をともにする。セルビアの女達は邪悪なものたちの子を身ごもるが、この子供たちは、世界が始まって以来、セルビアではもっとも劣った子孫となる。虚弱なものだけが生まれ、真のヒーローが生まれることはない。
ある時期、われわれはセルビアの地から去ることになる。われわれは北に行くが、そこでこれが馬鹿な行いであったことに気づき、もといたセルビアの地に戻ってくる。戻るやいなや、賢くもわれわれは邪悪なものたちを追い払い、彼らを二度と見ることはなくなる。

世界中で奇妙な伝染病が蔓延する。だれもその治療法は分からない。だが、みな「私は高い教育があり、頭がいいから治療法は分かっている」と言い張るが、だれもなにも知ってはいない。人々は考えるに考えるが、正しい治療法を見つけることはできない。だが、治療のカギとなるものは人間自身の中や周辺にあるのである。

人間は他の世界(惑星)に旅行するが、そこでは生命が存在しない砂漠を発見するだけである。神よ、許したまえ。彼らは自分たちが神よりも全知全能であると信じているのです。そこでは神が創造した静けさだけがあるが、心の底では人々は神の美と力を見るのである。月や星では人々は馬車のようなものを運転する。彼らは生物を探すが、われわれに似た生物は見つかることはない。生命はそこに存在しているが、彼らはそれが生命であることを理解しないし、知ることもない。
他の星に行ったものたちは、この時代の常識的な考えとして神をまったく信じていないが、地球に戻ってきたあと、「みなさんは神の存在を疑っているだろうが、私の行ってきた世界に行ってごらんなさい。神の意志と力を見ることになる」と言うだろう。

知識が増大するにつれ、彼らは互いを愛したり心配したりすることはなくなる。彼ら相互の憎しみはあまりに大きく、彼らは自分の親戚のことよりも、自分たちのもっている所有物や小物のことを気にかける。人々は、自分の隣人よりも、自分がもっているいろいろな機械や装置のほうを信頼する。
北方にある国の国民で、愛と慈悲を人々にといてまわる小男が現れる。しかし、彼の周囲には多くの偽善者がおり、多くの浮き沈みを経験する。こうした偽善者のだれも人間の真の偉大さとはなにかを知ろうとはしない。だが、この人物の書いた本と話した言葉は残るので、人々は自分たちがいかに自己欺瞞に陥っていたのか気づくようになる。

多くの数字が書かれた本を読んだり書いたりするものが、自分たちがもっともよくものを知っていると考える。これらの教育のある人々は、自分の人生を計算に基づいて送ろうとし、数値の命ずるままに行動する。こうした人々の中にも悪人と善人が存在する。悪人は悪い行いする。彼らは空気と水、そして河川や土地を汚染し、このため人々はさまざまな病気で突然と死ぬようになる。善人で賢いものたちは、彼らの努力にはなんの価値もなく、ただ世界を破壊するだけであることを悟り、数字に答えを見いだすのではなく、瞑想を通して真実を発見しようとする。

彼らが瞑想すると神の知恵に近付いて行く。だが、ときはすでに遅すぎた。悪意をもつものたちが全世界を荒らし回っており、巨大な数の人々がすでに死にはじめているからである。人々は都市から逃げ出し、田舎に避難する。人々は十字が三つ並んだ山を探す。その中では人々は息をすることができ、水も飲むことができる。この中に逃げ込んだものたちは、自分も家族もともに救うことができる。だが、それは長くは続かない。なぜなら、すごい飢饉が襲うからだ。町や村には十分に食べ物がある、だが、それらは汚染されている。飢えた人々はそれを食べるが、食べたとたんに死んでしまう。早く死んだものたちこそ逆に生き延びるのだ。なぜなら、聖霊に助けられ神に近付くことができるからだ。

もっとも怒ったものたちが、もっとも強大で恐ろしいものたちを攻撃する。
このひどい戦争を空で戦うものたちには大変な災いとなる。陸上や海上で戦うものたちのほうがまだましだ。
この戦争を戦うものたちは、科学者に奇妙な大砲の弾を作らせる。それが爆発すると、人を殺すのではなく人間や動物に呪いをかける。この呪いで人々は戦うかわりに眠りに眠りこむ。
セルビアはこの戦争に参戦することはない。だが、わが国の上空で別の国の軍が戦う。ポゼガという町の近くで、空から焼け焦げた人々が落ちてくる。世界の果てにあり、大海原に囲まれ、ヨーロッパくらいの大きさの国だけがなんの問題もなく平和に生き残る。この国では大砲の弾はひとつも爆発することはない。

三つの十字のある山?に逃げ込んだものたちだけが避難場所を見つけ、愛と幸福に満たされ、豊かに暮らすことができる。なぜならもう戦争は起こらないからである。

浅利幸彦の預言解読講座

これは、そのミタール・タラビッチという人が、19世紀半ばの時点から未来を予見した、というもので、彼が生活していたセルビア中心の見地から予言している。
しかし、予見した時代が錯綜しているようなので、この記述通りに時代が進んでいく、という訳ではない。
千里眼というから未来の映像、イメージを予見して叔父の神父に伝えて、その神父が言葉にまとめたようである。
預言というのは、「天使的未来人が過去人に向けて書いたテキスト、指示書」であり、いわゆる予言書とはそのメカニズムが異なっている。
だが、私は、「世の中には、未来を透視する能力を持った超能力者が存在した」
ということは否定しない。
ミタール・タラビッチもその一人だったのだろう。
自動車や飛行機、テレビの出現の予言と思われるものがあるが、19世紀の文盲の羊飼いが予言した、と考えれば、確かに千里眼、透視の能力はあった、というべきだろう。
私がこのブログで彼を取り上げたのは、「その透視の能力を持っていた超能力者の予言書と聖書、ノストラダムスの預言書に一致点、類似点が見られた」からである。
それが私の説、解釈により信憑性を加えているのでは?
と思って読んでいただければよい。

さて、タラビッチの予言書中には第1次世界大戦や第2次世界大戦の予言等の既に成就してしまった、と思われる記述もある。
だから、「既に成就してしまった予言と未だ成就していない予言」とを選別していかなければならない。
また「(数十年間の)長い平和が続く」とあるが、これも成就した、と考えるべきだろう。
第2次世界大戦後には、(紛争はあったが)一応数十年間の平和な時代が続いている。
だが、平和は永遠に続く訳ではない。
さて、既に成就した記述を除いたとしても、この予言書の中に気になった記述があったので、そこだけを再掲して考えていこう。

>世界中で奇妙な伝染病が蔓延する。だれもその治療法は分からない。だが、みな「私は高い教育があり、頭がいいから治療法は分かっている」と言い張るが、だれもなにも知ってはいない。人々は考えるに考えるが、正しい治療法を見つけることはできない。だが、治療のカギとなるものは人間自身の中や周辺にあるのである。

ここに「世界中で奇妙な伝染病が蔓延する」とあるが、これは2016年の7月以後に悪魔軍団がばら撒いて発生する疫病だろうか?
人々は最初は「直ぐに治療法、治療薬、ワクチンは開発されるだろう」
とたかをくくって甘く見ているが、なかなか治療法は見つからないか、結局治療法は見つからないようだ。

>彼らが瞑想すると神の知恵に近付いて行く。だが、ときはすでに遅すぎた。悪意をもつものたちが全世界を荒らし回っており、巨大な数の人々がすでに死にはじめているからである。人々は都市から逃げ出し、田舎に避難する。人々は十字が三つ並んだ山を探す。その中では人々は息をすることができ、水も飲むことができる。この中に逃げ込んだものたちは、自分も家族もともに救うことができる。だが、それは長くは続かない。なぜなら、すごい飢饉が襲うからだ。町や村には十分に食べ物がある、だが、それらは汚染されている。飢えた人々はそれを食べるが、食べたとたんに死んでしまう。早く死んだものたちこそ逆に生き延びるのだ。なぜなら、聖霊に助けられ神に近付くことができるからだ。

この記述は象徴的で錯綜的に書かれてあるので、少し解りにくいが、一番重要な記述だと思われる。

>だが、ときはすでに遅すぎた。悪意をもつものたちが全世界を荒らし回っており、

(疫病と大飢饉を挽回するのは)もう手遅れになる、というのだ。
「悪意をもつものたち」とは、悪魔軍団か、それともその手下のレプティリアンと呼ばれる人達を指すのだろうか?
聖書でいえば「荒らす憎むべき者」である。
その者達が世界を荒らし回るのである。

>巨大な数の人々がすでに死にはじめているからである。

とあるから、これは何億人、何十億人という人達、つまり、地球人の何分の一かの人々が死に始める、というのだ。
「その死因は飢饉、大飢饉である」、と書かれてあるように思われる。
ただし、先の「疫病が発生する」という記述からは離れているし、「疫病が大飢饉を誘発する」とも書かれていない。
ただ、この文はミタール・タラビッチ本人が書いた文ではない。
彼は文盲の羊飼いだったから文章は書けない。
彼が折々に言ったことを叔父の神父が文章にまとめたものである。
だから「疫病が起きてから大飢饉が起きた」と言ったかもしれない。
ただ、タラビッチは「疫病が起きる、大飢饉が起きる、時既に遅く何十億人もの人達が死に始める」
という映像を幻視したのは事実なようだ。

>人々は都市から逃げ出し、田舎に避難する。

この辺は私の説と類似している。
都市には疫病が蔓延して食糧も無くなるので人々は田舎へと避難するのだ。

>人々は十字が三つ並んだ山を探す。その中では人々は息をすることができ、水も飲むことができる。この中に逃げ込んだものたちは、自分も家族もともに救うことができる。

これは「シェルターに逃げ込んだ人達だけが生き延びられる」、というのだろうか?
事前にシェルターを造り、中に水、食糧を備蓄しておいた人達だけが助かる、というのだ。
勿論、家族が入ったらシェルターの扉は閉ざされるだろう。
大勢の人々を養うだけの分はないからだ。

>だが、それは長くは続かない。なぜなら、すごい飢饉が襲うからだ。

この飢饉は簡単には収まらないようだ。
「すごい飢饉」という表現に注目したい。
この飢饉が数ヶ月で収まらないで、備蓄した水と食糧を食べつくしてしまったら、結局飢死するしかない。
>町や村には十分に食べ物がある、だが、それらは汚染されている。飢えた人々はそれを食べるが、食べたとたんに死んでしまう。

う~ん、この文は問題だ。
ここでは「物流のストップによって食糧が無くなり大飢饉が誘発される」というのではなく、「食糧の汚染によって大飢饉が起きる」
と書かれてある。
食糧の汚染とは何だろうか?何によって汚染されてのだろうか?
核による汚染?大気、水、土壌などの汚染?毒物、農薬などによる汚染?
など、いろいろ考えられるが。
ただ、今も中国で進行している大気、水、土壌の化学物質、農薬による汚染というのはじわじわと進行していっているので、「急速に短期間で全世界を覆った食糧汚染」というのには考え難い。
「急速に短期間で全世界を覆った食糧汚染」というとやはり核爆発、核戦争による汚染が候補に挙げられる。
しかし、タラビッチが今の中国の大気、水、土壌汚染、食糧汚染を幻視していて、これについて彼が言ったことを牧師がここに挿入した、とも考えられる。
だから、「最後の大飢饉が食糧の汚染によって引き起こされた」と断言はできない。
また、

>この戦争を戦うものたちは、科学者に奇妙な大砲の弾を作らせる。それが爆発すると、人を殺すのではなく人間や動物に呪いをかける。この呪いで人々は戦うかわりに眠りに眠りこむ。

という予言は地上の核爆発というよりも、中性子爆弾かプラズマ兵器、あるいは、
コンピュータや電子機器を破壊する高高度核爆発を連想させる。

今のパソコンとネットに頼っている社会でこの攻撃をされたら社会が機能不全に陥るだろう。
「人を殺さないで呪いをかける」という表現はこれを暗示したのではないだろうか?
悪魔軍団は社会を混乱させる手段として高高度核爆発を使った、というのは充分に考えられる。

それと、

>人間は、何も知らないのに自分を全能だと思い込み、あらゆる馬鹿げたことをする。東洋に賢者が現れる。この人物の偉大な教えは大海と国境を越え世界に広がるが、人々はこの真実の教えをウソと決め込み、あまり長い間信じることはない。

という記述も気になる。
私は正式な預言書というと聖書とノストラダムスしか認めないし、それ以外の予言書は、否定はしないが、解説する程の重要性は感じないのだが、「ミタール・タラビッチの予言」に関しては、私が主張してきた説とも重なる部分が多いので取り上げてみた。

外国人が熱狂する「田舎では普通の光景」7選

2018年3月6日 11時0分 東洋経済オンライン より
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多くの外国人が、何の変哲もない田園を訪れる理由とは?(写真:SATOYAMA EXPERIENCE)
「何もない田舎」を自転車でめぐる――そんな「何でもない」ツアーで多くの外国人観光客を集める。しかもツアー参加者の99%が満足のコメントを残している。そんな驚異のツアーを展開するのが、飛騨古川の「美ら地球(ちゅらぼし)」だ。
外国人観光客は、いったい何に熱狂するのか。私たち日本人にとって「当たり前」のものに感動する理由は何なのか。
書籍『外国人が熱狂するクールな田舎の作り方』を上梓した「美ら地球」の社長・山田拓氏に解説してもらった。
クールな田舎をプロデュースする
観光立国が叫ばれ始めて少し経った2009年より、私たちの会社「美ら地球(ちゅらぼし)」は、「暮らしを旅する」というキー・コンセプトを掲げたSATOYAMA EXPERIENCEのフラッグシップ・ツアー、「飛騨里山サイクリング」を開始した。2016年に公開された映画『君の名は。』で多くの方々に知られるようになった飛騨古川の古い町並みを起点に、周辺の農村部をユックリと自転車で巡るというツアーである。

開始当時、周辺の飛騨高山や白川村には多くの外国人が訪れ始めていたが、飛騨古川を訪れる外国人はそれほどでもなかった。それが、私たちのツアーが認知されたこともあってか、近年は飛騨古川でも外国人の姿を普通に見かける。SATOYAMA EXPERIENCEのツアー参加者は年間で約3500人程度だが、その参加者の80%以上は外国人旅行者であり、その外国人の80%は欧米豪からの個人旅行者だ。ここに、中国人の団体客を当て込んだインバウンドツアーと違う、私たちの際だった特徴がある。

世界最大の旅の口コミサイト「トリップアドバイザー」では、ツアー参加者の99%が満足のコメントを残してくれている。地元に住む飛騨びとたちが「なんもない」という飛騨の日常は、外国人旅行者の目には魅力の宝庫なのだ。ここでは、日本の地方部のどのようなポイントが外国人旅行者にウケているのかをご紹介したいと思う。

その①「やっと、見られた!」日本全国に広がる田園風景

飛騨里山サイクリングは、飛騨古川の町並みをスタートし、周辺の農村部に漕ぎ出すプログラム構成になっている。スタートして最初は街中を走り、それから川沿いの道を走るが、間もなくすると田んぼが広がる田園風景にたどり着く。その光景を見た外国人は「ようやく出会えた、この風景!」と驚嘆する。
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何げない田園風景も、彼らにとっては「写真におさめたくなる」風景だ(写真:SATOYAMA EXPERIENCE)

世界中の主要空港でさえ寿司を食することができ、日本酒も世界を駆け巡る昨今、それらの原料であるコメは、興味の対象でありながら、あまりその実態についての説明はされていないようだ。小麦が主食の文化圏から来た人にとっては、そもそも田園風景はなじみがなく、初めて目にする人も多い。

フランス農村部のワイナリーツアーに参加した日本人はそれなりの数に上ると思われるが、それと同様、食文化として身近になりつつある食材が育つ風景やそれにまつわるストーリーは、多くの人々にとって興味深いコンテンツとなりうるのかもしれない。

「当たり前の自然」は当たり前ではない
その②「もうエエさ!」雪国飛騨の人々を苦しめる雪

飛騨は12月中旬から雪に覆われる雪国である。今シーズンは例年に比べ早めに降り始め、スキー場関係者は喜ぶものの、町に住む住民には屋根の雪下ろし、出勤前のクルマや路上の雪かきなどの余分な仕事が増える。終わりのないその作業に、「もう要らんぞ!」と天を見上げてつぶやく飛騨びとの姿は冬の飛騨では珍しくない光景であるが、外国人の中には、この雪そのものが魅力と映ることもあるようである。
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地元民を苦しめる雪も、貴重な「観光資源」だ(写真:SATOYAMA EXPERIENCE)

昨シーズンから開始したスノーシューツアーには冬に日本を訪れる香港などの旅行者を中心に多くの予約が入るようになってきている。宿泊施設の前を笑顔で雪かきをしながら、インスタグラムに投稿する写真を撮る姿は、飛騨高山の朝の定番のシーンとなった。北米や欧州では一般的なスノーシューというアクティビティはオーストラリアにはないらしく、また雪が降らない生活圏から来た外国人にとっては、雪の存在だけで滞在の理由となるようである。

また、「飛騨里山サイクリング」に参加したオーストラリア人からは、「この川は年中これだけ多くの水量で流れているのか?」と羨ましそうに問いかけられたこともある。真意を聞くと、「わが町の川は雨期にしか流れない」とのこと。雪や川の流れなどの「当たり前の田舎の自然」は、外国人を魅了する要素になりうるようである。

その③「キュート!!」どこにでもいるあの生きモノ

マネジメントを本業とする私は、ガイドとして現場に出ることはそれほど多くはないが、現場ガイドから日々のツアーの状況は聞かせてもらっている。「ゲストが何に興味を持つのか?」との問いかけに、どこにでもいる、ありふれた生きモノの名があがったときは本当に驚いたが、今なお変わりない人気を博している。

そのありふれた生きモノとは、なんとカエル。「カエルなんかで!?」と思う自分もいたわけではあるが、少し冷静になると合点がいくこともある。
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単なるカエルも「アイドル」になる(写真:SATOYAMA EXPERIENCE)

中米のコスタリカを訪れたとき、そこここを飛び跳ねている青や赤、オレンジなど色とりどりのカエルを見て、わが子と興奮しながらカメラのシャッターを切り続けた記憶がある。たしかに日本人にとってはどこにでもいて珍しくもないカエルではあるが、「JAPANのカエルはこういう姿カタチなのか!」と思う気持ちはわからなくはない。また、ご自身の生活圏にカエルが存在しない外国人も少なからずいるようで、そういった方々の目から見れば、初めて見る不思議な生きモノとして目に映るわけである。

「人」は重要な観光資源
その④「なぜ、誰も盗まないのか!?」野菜の無人販売

日本の農村部では、野菜の無人販売スポットが道端にあるのは普通の風景である。トマトやキュウリなどが並び、現金を入れる箱が備え付けられている、あの場所である。

日本人にとっては、欲しい野菜を手に取り、代金を箱にチャリンと入れるのは当たり前の仕組みではあるが、外国人は「ありえない……」と口をそろえる。
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このような国から来た人にとって、「平和な風景」もまた観光資源になる(写真:SATOYAMA EXPERIENCE)

無人販売所を見たアメリカ人は「こんなのが自分の国にあったとしたら、誰もおカネを入れずに野菜を持って帰る」「あの箱だっておカネが入っているワケでしょ!? 絶対に持っていかれるわよ!」と、両手をあげて叫んでいたその言葉を聞き、先日オーストラリアのメルボルンに出張した際、フレームに鍵をかけてあるのにサドル、車輪、ハンドルが外されて無残に放置された自転車が脳裏をよぎった。

その⑤「なぜ、ここまでキレイなのか…」ゴミのない町

家の前をほうきで掃き、千本格子にかけられたクモの巣を取る主婦の姿は、飛騨古川の朝の日常風景である。それもあって、町はいつも清潔に保たれている。日本人にとっては特に珍しい慣行ではないだろうが、これが外国人旅行者の気を引くらしい。世界中のゲストと相対している私たちのガイドは、「なぜ、あなたの町にはゴミが落ちていないのか!?」と問いかけられることが多いと言う。

数年前に訪れたパリの町は、中世から残された町並みや景観には圧倒されたが、足元を見ると犬のフンがそこここに落ちており、目線を時々下に落とさないと踏んづけかねない。かつて、犬のオシッコで街灯が腐食して倒れたこともあるとかないとか。わが町では、散歩中の犬がしゃがみ込もうと構えた瞬間、落とされるブツを袋に入れるのはもちろんのこと、アンモニアを薄めるためか、用を足した場所に持参したペットボトルで水をかける風景も珍しくはない。

住民との触れ合い
その⑥「何故、この町の子どもたちはこれほどフレンドリーなのか!?」 あいさつをする小学生たち

朝の飛騨古川の風景は、古い町並みに暮らす飛騨びとの営みを感じられるすてきなひとときである。これは、私たちのような移住者にはもちろん、外国人にとってはなおさらのようだ。

「オハヨウゴザイマス」「ハ、ハロー……」とはにかみながらあいさつするランドセル姿の子ども、昼休み時に教室からツアーグループに手を振ってくれる中学生や担任教師など、フレンドリーな住民への驚きと喜びは尽きない。

ランドセル姿の小学生も人気キャラとなっている。38カ国以上旅をした私自身の経験をひもといても、ランドセルを背負って登校する子どもの姿は日本以外で見たことがないし、制服を着て学ぶアフリカの子どもたちの姿は私にとっては意外で、10年以上経った今でも記憶に残る思い出となっている。
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冷やしたトマトを持たせてくれる「温かさ」に、外国人は感激する(写真:SATOYAMA EXPERIENCE)

「トマト持っていって!」と袋に詰めてくれる方、キュウリを切って私たちを待ってくれている方などの存在はもちろん、横断歩道でツアーグループが渡り切る間ずっと待ってくれているドライバーにさえも驚きの声があがる。

そこに住む人との触れ合いは、都市部に比べてこぢんまりした地方部のコミュニティのほうが見えやすく、その価値を求めて外国人が飛騨エリアを訪れてきている側面もあるように感じられる。

その⑦「この町のクルマはすべて電気自動車!?」静かすぎる町の様子

この問いかけは、飛騨古川に宿泊したイタリア人から発せられたものである。真意を問うと「昨夜から何一つ音がしない。クルマの往来の音すら聞こえない」とのこと。

人口が減り続ける地方部においては、確かに夜になると静けさが町を覆う。その静けさが外国人にとっても魅力となるという話だ。冷静に考えると、各国より日本旅行を実現するにはそれなりの費用が必要で、そうした費用を稼ぎ出せる所得の持ち主の多くは自国の都市部に住んでいるだろうから、静けさそのものが価値になるわけである。静けさに加え、明かりの少ない静かな街の、星の広がる夜空も立派な価値となることは言うまでもない。
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日本の田園に外国人観光客の歓声が飛びかう(写真:SATOYAMA EXPERIENCE)

日本を訪れる外国人旅行者が年間3000万人に迫り、観光スポットに行ってはみたものの周りは自分と同じ外国人旅行者だらけ、などという体験を持つ旅慣れた旅行者には、外国人が少ない地方部を訪れたときの「外国人は私たちだけ」という感覚も、他人と違うことをよしとする類の人々にとっては、これまた、少なからず彼らにとってはかけがえのない価値になるようである。
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「なんもない……からクールな田舎へ」とは、私たちが事業開始当初に掲げたスローガンである。海外で暮らした経験を持ち、かつこの地に生まれていない移住者である私たちから見た飛騨エリアは、宝箱といってもよい魅力を有していると感じる。飛騨のような田舎が外国人に喜ばれることはある程度想像していたが、日本社会のさまざまなありふれた日常が、自分たちの想像以上に興味の対象になっていることに驚きと楽しさを感じている。

田舎らしさ、日本らしさだけでも外国人の興味の対象となりうることは、すでに外国人が多く訪れている飛騨エリアに限らず、日本のどの地域でも同じ取り組みが可能であることを示唆していると言えるのではないだろうか。

このような10年近くの私たちの蓄積を参考として、自らの地域の存続にかけて動く人々が1人でも増え、地方部での新たなチャレンジが目に見えてくることを切に願う。

神の遺伝子と呼ばれる「YAP遺伝子」

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選ばれし特有遺伝子「YAP遺伝子」

この遺伝子で面白い情報を一つ。
日本人しか持っていない遺伝子というのをご存知ですか?
厳密にいうとユダヤ人、チベット人に持っている人はいますが、圧倒的少数で日本人男性が持っている割合が異様なほど高く、「日本人特有の遺伝子」といっても過言ではない遺伝子です。
それはYAP遺伝子(Y染色体D系統)と言いまして、日本人の勤勉さや親切な心を持っているのはこのYAP遺伝子が影響していると言われています。
このYAP遺伝子は今でも多くの研究グループが日々研究しています。
研究者の中には、YAP遺伝子は自分を捨てて他人に尽くす遺伝子だ、とまで言われる方もいます。
日本人としては何か誇らしいような恥ずかしいような気もしますが・・・。(笑)
YAP遺伝子の研究が進むと本当にYAP遺伝子が日本人の国民性に関わっているのか、またそれ以上に日本人の祖
先がどういう者だったのかということも分かってくるのかも知れません。

まず私が調査していた「日ユ同咀論」と諸説があり、いわゆるオカルト的な発想とされており、日本史等の学者の方々から妄想的説として一笑されていました。
この日ユ同咀論の根拠として、旧約聖書において失われた10氏族ユダヤ王国が戦争に負けてアッシリアに連れて行かれる。同じくユダヤの至宝「契約の箱」も同様にアッシリアに運ばれる結果となってしまう。
その後アッシリアも戦争によって負け、捕虜となっていた北ユダヤ10氏族は元の故郷には帰らず、旧約聖書では記述上、こつ然と消えてしまうのです。
その後、この10氏族はどこにも現れなく、聖書上では「失われた10氏族」として名が残っており、また、ユダヤ最高の至宝である「契約の箱」も消滅しているのです。

ユダヤ12氏族(北ユダヤ王国10氏族、南ユダ王国2氏族)

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失われた10氏族

ルベン族
シメオン族
ダン族
ナフタリ族
ガド族
アシェル族
イッサカル族
ゼブルン族
ヨセフ族
そして日ユ同咀論ではこの失われた10氏族が日本にたどり着いたとされ、日本の最古の縄文人あるいは縄文文化の中に入ったされています。
それらは日本の文字や風習、信仰などユダヤ教と非常に似ている事から、江戸時代にドイツの歴史学者が日ユ同咀論を唱えたが、当時の元禄時代の日本ではまったく寝耳に水で、誰からも受け入れられなかった。
その後、明治、昭和になり再び「日ユ同咀論」の研究が進んで行く中で、日本の皇室に代々伝えられている三種の神器のひとつ「八咫鏡 やたのかがみ」の裏にはフェブライ語の文字が書かれていると話題になった。
エイエー・アシェル・エイエーとフェブライ語で書かれていたのである。日本語訳では「わたしは過去現在未来ともある者」である。
この言葉はユダヤ民族にとって重要な言葉で、旧約聖書「出エジプト記」で救世主モーゼが神ヤファウエイとシナイ山で神と対面するが神の姿は見えず、言葉だけが聞こえる中で、モーゼは神に対して「あなたは誰なのですか?」と尋ねると、神は「わたくしは過去現在未来ともある者」とモーゼに告げたのです。
そしてこの言葉がなぜ、日本の三種の神器のひとつ八咫鏡に刻んであるのかが、とても不思議な思いでした。
その後、日本の神輿がなぜ存在するのかも調べていくと、神輿はユダヤの至宝「契約の箱」この中には、モーゼが神とユダヤ民との間に契約を刻んだとする10戒の石版が納めたされ、この至宝契約の箱とそっくりの神輿を日本全国に造り、本物の契約の箱を守護しているとされ、本物は伊勢神宮内のある場所に安置されていると言われております。
日ユ同咀論を語るにはあまりにも多くの資料が多く、今回の中ではご紹介できませんが、ひとつだけお答えすると、日本国歌「君が代」はフェブライ語訳で、聖書の最終章黙示録の中の神と悪の戦争で神が勝利し、喜びの様子が描かれているとされます。

立ち上がり神を讃えよ
神に選ばれし
イスラエルの民よ
喜べ残された人々救われよ
神の預言は成就した
これを全地に知らしめよ

さて、本題は、天皇家が世界で最も古く男性直系の血族を有するものであるというのは世界中で知られている真実ですが、近年、現在の皇太子には男性が存在せず、女性宮家について論議されていますが、なぜ女性では駄目なのか、メディアなどはこの発言はほとんど口を閉ざしています。
これは女性差別とかの批判ではなく、天皇たる遺伝子を所有するものではなくてはならない秘密をお話します。
日ユ同咀論で、日本人の祖先はユダヤ人であるかも知れないという説が正しければ、現在の天皇家は失われたユダヤ10氏族の特に「ガド族」の末裔であることが確立が高いのです。
旧約聖書を読むと、ガド族は出エジプト記に出て来る救世主のモーゼの兄アロンで、神ヤファウエイから、がド族の長を命じられ、他の族とは仕事の内容がまったく違い、契約の箱を運び、いわゆる移動式神殿や礼拝などを専門に司る仕事を命じられ、一切の他の仕事はしてはならない祭事を司る内容である。
そして土地など所有することは出来ず、食料、水などは他の部族がすべて奉納される決まりごとになっている。
その事から、失われた10氏族の末裔が天皇家だとすると必然すぎますよね。
ユダヤの歴史の根本は血族の歴史であり、すべては男性の遺伝子がすべての旧約聖書の人物が記されており、男性遺伝子なくしては旧約聖書を語ることができないのです。
この血を守るために、当時のユダヤでは、妻、あるいは第2妻、第3妻と認められていたのです。
これらを羨ましいと思う男性もあると思いますが、これらは遺伝子を将来まで残すために決められた法則なのです。
日本においても江戸時代に将軍世継ぎの男性を残すため、大奥とう特別な場所があり、ユダヤと同じような血のつながりがありました。
これが同じであるということは違うかもしれませんが........。

女性天皇が許されない本当の理由は「神の遺伝子・YAP」だ! “女性蔑視”と騒ぐ人間は無知、報道規制レベルの“霊統タブー”を暴露!

記事参照 トカナより
■女性天皇問題の最大の争点とは?

昨今問題になっている事象に、女性天皇問題がある。これは女性が皇位に就くことを認めるかどうかが問われており、21世紀の日本で誕生する可能性も大いにあり得るといわれている。当然、平成30年とされる今上天皇の生前退位に伴う新たな天皇には皇太子殿下が即位するであろうが、問題はその後だ。このままいけば、愛子様が女性天皇に就任する可能性があるのだが、秋篠宮殿下のご子息である悠仁様が就任する可能性もあり得る。
ここで問題となってくるのが女性天皇のその後の問題だ。当然、配偶者を一般の人の中から探すことになるが、その配偶者との間に生まれた子どもの扱いをどうするかが問題なのだ。

女性天皇と配偶者との間に生まれた子どもは皇族の一員となるが、皇位継承権はないという説が根強い。
なぜそのような論法が生まれるのだろうか?
女性天皇と一般の男性配偶者との間に生まれた子どもも男性天皇と一般女性の間に生まれた子どもも等しく皇族であることは変わりないだろう。にもかかわらず、なぜ女性天皇と一般の男性の間に生まれた子どもを問題視するのか。それは、男性の持つY染色体に起因するとみる。

■Y染色体のYAP遺伝子
ずばり、Y染色体にあるYAP遺伝子こそが大切なのである。この遺伝子は一説には“神の遺伝子”と言われ、東アジアでは日本人にしか見ることができない。他に見られるのはイスラエルのユダヤ人と、ベンガル湾に浮かぶアンダマン諸島の人々、チベット、一部のアラブ人に限定されるといわれる。地理的に日本に近いはずの韓国や中国にはYAP遺伝子が見られないのだ。
一説には、日ユ同祖論の謎を解くヒントがこの遺伝子にあるとも言われている。つまり、南北イスラエル王国が崩壊した際、東に向かった古代ユダヤ人の一部が日本に流入し、日本人の体内にYAP遺伝子を残存させたというわけだ。
そもそも日ユ同祖論と世の中の人はよく言うが、厳密に言えばユダヤ流入論とする方が正しい。そして、同様のことがアンダマン諸島やチベットでも行われた可能性が高い。

現在イスラエルではアミシャーブ(10支族に関する調査機関)が世界各国で失われた10支族の末裔を確認して回っている。事実、少数民族に具体的な末裔が見つかっており、イスラエルに帰国することに成功している。
 南北イスラエル王国が分裂し、北王国が紀元前722年にアッシリアに滅ぼされ、その国民の大部分が行方不明になって二千数百年。YAP遺伝子を手がかりに末裔を探し出そうというのは無理もない事である。山奥のチベットや島であるアンダマン諸島、極東の端っこである日本列島に向かって逃走したユダヤの10支族の末裔が流れ込んでも不思議ではない。アッシリアに追われた彼らは山間部や島に逃避行を試みたのだ。ちなみに、日本に渡来したユダヤ人は何回かにわたってやって来たと推測されており、その主たる構成はガド族だと言われている。

この手がかりは古代イスラエル語と日本語の一致点や、日本における山岳信仰とユダヤの信仰形態が類似していることからも容易に推測ができる。そもそもYAP遺伝子の存在が如実に物語っているではないか。

ちなみに、筆者がテレビでYAP遺伝子の話をしようとすると、露骨に圧力がかかり、しゃべることができない。世界中の人間がYAP遺伝子を介して日本人とユダヤ人が関係していることに気づきつつある状況において、何をか言わんやである。
立ち戻って考えて見れば、女性天皇と一般男性の間に生まれた子供が天皇に即位できないのは、Y染色体に含まれるYAP遺伝子の継承問題があると思われる。ガド族の末裔であるミカドの血筋が“YAP遺伝子を有さない”などあってはならぬことなのだ。

日本人の中に何割か存在する中国・朝鮮にルーツを持つ成人男子の中にはYAP遺伝子を持っていない者もいる。もしその男子が女性天皇と結ばれた場合、ガド族の末裔たる証拠のYAP遺伝子が天皇家の血統から消え去ることになるからだ。
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Y染色体分岐の系統図 画像は「Wikipedia」より引用
何度も言うが、YAP遺伝子は神の遺伝子とも超能力遺伝子とも言われている。日本の祭祀を行う天皇家からYAP遺伝子が失われた場合、日本神道における宗教的な意義が問われるかもしれない。逆に、霊的に日本の国体を解体したいと思っている反日分子は女性天皇問題を機会にYAP遺伝子の霊統を断ち切る事に躍起になるだろう。男女平等とか、女性の社会進出を盾に女性天皇問題を語る低能な者たちが多いが、日本神道の霊統を守る見地から見れば、これは由々しき問題である。

女性天皇問題と日ユ同祖論のふたつはYAP遺伝子によって深く結びついているのだ。YAP遺伝子を都合の悪い事だと言って隠蔽してきた欧米の勢力は、そろそろこの問題を認めるべきである。

最後に、南北イスラエル王国滅亡時、失われたアークが持ち出されたという。2千年以上、世界中でそのアークが探されたが、いまだ見つかっていない。アークとはとんでもない最終兵器だと聞くが、ひょっとしたらこの失われたアークこそがYAP遺伝子ではないのか。YAP遺伝子の謎が明らかになる時、失われたアークの神威が発動し、世界史がひっくり返る瞬間が来るのかもしれない。

「最終コメント」
もし将来天皇家男性世継ぎが出来なくなるときは宇宙の法則のもとで決められているいるのではと考えており、海外の情報で、トランプ大統領がイスラエルを首都宣言しましたが、これは非常に怖いことで、世界のタブーとされてきたイスラエル国を認知することで、イスラエルは非望としている第3神殿建設のきっかけとなり、ユダヤ/アメリカに対し、イラン関連国/ロシア、中国など第三次世界大戦が開戦することが予想されており、日本はアメリカ側で参戦しなければなくなります。
この戦争が先か後かは不明ですが、イスラエル第三神殿建設は神が最終降臨する場所で、この神殿には契約の箱が奉納されなければ達成できないとされ、この契約の箱にはガド族以外は触れることも出来ないとされ、ガド族の末裔とされる天皇が真実であれば、天皇が契約の箱をイスラエルに運ぶとされていますが、このYAP遺伝子が証明された今、これからの始まりはどのようになっていくのかは私にも推測はできません。
もうひとつ、現在の皇太子ご夫妻には女性だけですが、弟である秋篠宮ご夫妻には男子が存在し、それでは秋篠宮の長男が天皇として即位すればという問題ですが、秋篠宮殿下においてはあることで、資格がないと聞いておりますが、わたくしはそれを公開することはまったくありません。

韓国宗教団体の創設者が出所 日本でも注意喚起が出される理由

2018. 3./5日 東スポより
全国霊感商法対策弁護士連絡会は19日、韓国の宗教団体「キリスト教福音宣教会」(摂理)の創設者・鄭明析氏(チョン・ミョンソク=72)が服役していた韓国の刑務所から出所するにあたって、注意喚起を行った。

鄭氏は1999年、元信者の女性を拉致、監禁したことが明らかになり、2007年に北京で拘束され、09年に元女性信者への強姦及び準強姦罪で懲役10年の実刑判決を受けた。
18日に韓国の大田刑務所を出所した鄭氏には、信者への人権侵害を避けるために、最高裁から7年間、GPS内蔵の電子足輪を着ける命令が下された。
韓国では摂理の問題が大きく報道され、約10万人いた信者は4万人まで減少。一方、日本での報道は少なく、現在は国内に4000人の信者がいるとみられる。

日本脱カルト協会代表理事の西田公昭氏は「(摂理は)キリスト教を名乗り、布教活動を行う。イエス・キリストが冤罪で十字架にかけられたのと同じように、鄭が疑罪で服役したと信者たちは信じ切り、目を覚ますことはない」と指摘する。鄭氏の服役中は、日本で教育された女性信者が面会に訪れていた。「出所と同時にまた強姦の被害に遭う女性が出るのではないかと非常に危惧している」(同氏)と警鐘を鳴らす。

摂理は、都内に巨大な布教活動の拠点を持つ。法曹業界への就職を志望する学生や有名大志望の高校生などを対象にした交流サイトなどを作り、身元を隠して勧誘。集まった学生らを言葉巧みに“洗脳”していくという。

脱会者の30代の男性は大学時代、サッカーサークルがきっかけで入信。鄭氏がキリストの再臨と信じるまで洗脳された。「鄭好みの高身長で色白の女性を見つけると、信者たちの中で自分の評判が上がったんです」と布教活動を振り返る。
西田氏は「新しい学年が始まる春ぐらいから、活発に布教活動を行う。報道で広く知ってもらいたい」と語った。

「コメント」
韓国の宗教団体「キリスト教福音宣教会」(摂理)の創設者・鄭明析氏(チョン・ミョンソク=72)が出所するということで、日本の全国霊感商法対策弁護士連絡会では注意を呼びかけているとされていますが、過去にもキリスト教あるいはそれに類似した教団が数々の事件が過去に起こっています。
宗教という問題については非常に問題が多く、たかが宗教されど宗教というように、常識的な捉え方でその宗教にどっぷりはまっているかたに「それは間違いだよ」と両親、友人達が説得しても、ほぼ回心する人はないに等しいほど信仰の力はあなどってはいけません。
わたくしは宗教はまったく信じてもいなく入信したいとはまったく思っていない思想です。
しかし、創造主あるいはイエスキリストそして聖霊は存在していると考えます。
そして神と存在があるとすれば、一人一人の中に(ハイアーセルフ)として存在しており、自分の願いあるいは祈りなど瞑想を通して問いかければ、そのことがあなたにとって正しいことであれば、そのような道が示され、もし、その道が誤っているのであれば、その事は成就できないでしょう。
従って、どんな宗教でも絶対の神は存在してはおりません。
神に対して自己欲の願望だけの祈りではだめなのです。
神を敬い、すべてに対して愛ことこそ、わたしたち人間の悟りの道だということをあらためて考える時期が到来しています。

カタカムナについて

カタカムナをご存知でしょうか?

カタカムナとは

概要

1899年5月9日、山口県あるいは北海道で生まれた後、北海道札幌市で育った。1917年、日本電子工業・電気学校で学んだ後、満州にて日本軍に関わる技術職に従事する。終戦後、星製薬社長の星一の援助で、星製薬内に「重畳波研究所」を設立し、様々な研究を行う。本人の主張によれば、1948年頃から全国の電位分布実測調査を行ううち、兵庫県六甲山山系の金鳥山(俗称:狐塚付近)での生活中に平十字と名乗ると宮司と出会い、カタカムナ文字とされる巻物を大学ノートに書き写したとされ、その後20年ほど経過した後、著書に記述し始める。

カタカムナのご縁 伊藤祭主の話

祭主邸での磐座の見学が終ると、全員、祭主邸の2階の大きな、30人は楽に入る部屋に全員が集まると、カタカムナと物理学者の楢崎皐月先生の話をして貰いました。それを菊が、要約させて頂きますと、カタカムナの文献を、謎の男性から与えられた人は、楢崎皐月さんと言います。
この楢崎皐月さんは、第二次世界大戦に実在した一流の物理学者でした。陸軍の仕事で、満州にも行って、製鉄所長として、満州の吉林などにいたそうです。
その時に、彼は娘々廟に詣で、その地で信奉を集めていた老子経道士・慮有三(らうさん)老師に出会い、楢崎皐月さんが、日本は、中国から、漢字、漢方医術から始まって、いろんなものを教わりましたというお礼を言うと、次のような話を聞かされたそうです。
それは、「老子の古伝」として伝えられら言葉によれば, 我々が, シナ民族固有の文化と思っていたもの(易・漢方医術・製錬法・老荘哲学・堯舜(ぎょうしゅん)の理想政治等)は, 日本上古代の文化の流れをくむものである。日本の芦屋のある先住民に感謝しなさいというようなことです。それまでの常識では考えられないことをいわれたのです。
そして戦後、そんな楢崎皐月さんが、日本に帰って、星製薬・星社長のもとで働いていましたが、その星社長のもとを離れた翌年の昭和24年(1949年)に、彼は兵庫県・金鳥山で穴居実測調査をしていました。そこで怪人物、平十字(ひらとうじ)と出会うのです。 楢崎皐月さんが、そこで、泉に調査のために、何か妙なものを仕掛けるから、動物達が、水を飲めなくて困っている、すぐにどけろといわれ、言われたことをすぐに実行したら、翌日、上機嫌で現れて、お礼にと言って、古い文献を見せてくれたのです。それがカタカムナ文献というものです。
しかも、その人物は、自分は平十字(ヒラトウジ), 父はカタカムナ神社の宮司, この巻物は, 父祖代々「御神体であるから, 見たら目が潰れる」と言われて, 厳しく秘匿されて来たものであることを告げたそうです。それでそれに驚いた楢崎皐月さんが、それを貸してくれてお願いしても、駄目だと断りましたが、文献を写すことは承諾してくれました。
それで、平十字は、「お前さんたちの足で険しい山坂は大変だから, オレが持って来てやる」と言い、それから二十日間、楢崎のところにせっせと通ってくれたそうです。これが、カタカムラ文献なのです。
そしてそれを、楢崎皐月さんが、調べていくうちに、そのカタカムナ文献は、古文書といったものではなく、歴史書ではなく科学書だということが分かってきました。何と、そこには、「宇宙の成り立ち」「宇宙の特徴」「物質や生命の発生の仕方」「生命の本質」から「農業や製鉄技法」「病気の治療法」「人間の考え方」「商人道の心構え」までが表わされていたといいます。
要するに、今から3~5万年前のカタカムナと呼ばれる日本人が、直感した宇宙や物質の構造や生命の本質、それらの関連性を捉えた「哲科学」が説かれているというのです。 それで楢崎皐月さんは、その文献を基に、今の現在人ではなかなか理解できない方法で、いろんなものを開発していくようになりました。
それが電子水といわれているものや、土地に炭をまいて、癒しに地にしたりする農業方法で、昭和33(1958)年に「静電三法」として「植物波農法」「物質変性法」「人体波健康法」に体系化しています。その後、楢崎皐月さんは亡くなりましたが、カタカムラの研究は、弟子に引き継がれています。
その弟子の一人で、直弟子なのが、宇野多美恵さんで、伊藤祭主さんは、そんな宇野多美恵さんたちと親交がありましたが、今は、その宇野多美恵さんも亡くなったそうです。そんな話を聞かせて頂いたのです。以上がカタカムナという古文書が世に登場した物語です。 私自身もこの「カタカムナ」というものを始めて知り、下記の動画を観てから調べてみたくなった次第です。

カタカムナは古代の科学の書


カタカムナ100%の日本人が知らないその謎を解明した。


ロズウエル事件の概略


ロズウエルUFO事件はアメリカ政府がすべて隠匿し、UFO墜落は一切なかったとされました。
このUFOには宇宙人と言われる搭乗していたとリーク情報が流れ、その搭乗した宇宙人をみた軍人が、「これは日本人じゃないか?」と叫んだ。
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そして、この墜落したUFOの中に、聖書らしきものがあったとされ、文字はフェブライ語であったため、すべて解読された。
しかしこの聖書の内容は地球上に存在する旧約聖書より前の内容が記述されていたとリークされている。
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近年になって、NASAは月で巨大な宇宙船をみつけ中を捜査したところ、男女1名づつが存在し両者とも死亡しており、男性は腐っていたが、女性は原型を留める程腐敗しない高度に保護されていた。
体の性器類とも人間と同様であったが、額には3つ目の目が存在していたとされる。
この宇宙船が存在したのは地球が存在する何億年前のものであると言われています。
そしてこの女性は東洋系の顔立ちをしており、海外では「月のモナリザ」そして日本では「かぐや姫」と名付けられた。
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神の遺伝子YAPについて

日本人はエイリアン…核DNAの解析から導かれる仮説【日本人のルーツとは】

秘密結社の謎が次々と明らかに…元イルミナティーメンバーの暴露、更にイルミナティーの陰謀も暴露、最古の秘密結社「八咫烏」とは

「コメント」
以上がカタカムラ関連情報ですが、どうも日本は他国と違う歴史が存在しており、日本人は宗教観をもっていない人種であり、仏教でも神社でもまた宗教観も個人が良いと言えばそれで良いのではないかと多くの日本人が考えていることだと思います。
しかし、日本国の宗教は神道であり、天皇家も含めて日本の守り神は神道にほかなりません。
日本の祭事、天皇家に関してすべてが八咫烏が関与しているとも言われますが、真相はまだわかっておりませんが、神社と仏閣の違いは鳥居があるかないかで、なぜ鳥居が赤い門なのでしょうか?
これを深く調査すると、とんでもない事が分ってきます。
実は旧約聖書の記述に、神の呪いから守るためにモーゼは羊の血で、家の入り口にその血を塗りなさい。
神が良き人々と悪き人々を見極めるためと記述されており、神社入り口すなわち家の門です。
この神社形式は旧約聖書に出て来る神殿とまるで同じ形式が日本の神社が設計されており、YAP遺伝子を含め、日本は縄文式時代には、旧約聖書記述に登場する「失われた10士族」が日本に来ているとされる「日ユ同咀論」といものが存在し、日本の三種神器といわれるヤタの鏡の裏にはフェブライ語でと記され、この意味は過去、現在そして未来に存在するものであり、これは旧約聖書出エジプト記で、モーゼが神に対し「あなたを誰ですか?」と尋ねる場面があり、神が答えた御言葉がこの「過去、現在、未来に存在するもの」と答えています。
あなたは知っていますか、日本国歌君が代はすべてフェブライ語に訳すことができ、聖書の最終章の神と悪魔の戦争に打ち勝ち喜びあふれることばが君が代であることを、「君が代はフェブライ語」で検索する沢山の答がでてきます。
日本国家とは非常に神秘的なことがみえてくると思います。

imgres.jpg世界経済の真実を解き明かす映画です。

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